人生、50代半ばも過ぎると今の状態もこれから起きることも今までの生き方の結果だからどうしようもない。今、何となく、多くの人の人生に答えが出始めているかもね?今まで「あれは嫌だ」、「これは嫌いだ」と選択してきた人に安定した豊かな老後と幸運はあるはずがない。人生も仕事も突然どうなるかは分からないけれど概ねそういうことじゃないかな?仕事や客先を好き嫌いで選んできた人はこれから先厳しい運命のような気がする。もうどうしようも無い。これからでは遅過ぎる。これからは過去に蒔いた種が実るだけ。「そんな種は蒔いた覚えは無い」と人は言うけれど蒔いている自覚が無いだけ。自覚が無いという種も蒔いている。
小さな事で一例を上げれば、例えば今まで電車などでお年寄りなどにたくさん席を譲ってきた人とそうでない人に運命の差が出てくるのではないでしょうか?歳を取って人から席を譲ってくれる人はかつて譲ってきた人ではないでしょうか?そんな気がします。「最近の若者は座席に座ったままで年寄りに譲ろうとしない。今の若者はなっとらん!」と文句を言う人はきっと自分が若いとき席を譲ってこなかった人のような気がします。席を譲ってきた人は席を譲ってくれる人の前に自然と神様に導かれる。
すべては偶然ではない。過去に自分がしたことが自分に返ってくるだけですね。
50歳過ぎれば国のせいでも社会のせいでも無いのです。すべて自分のせいなのです。どこにも文句の持って行くところは無いのです。”今”は過去の無数の自分の選択の結果なのです。
実りの秋に春に種を蒔かなかったことを悔やんでも仕方がない。「なぜ春に種を蒔かなかったの?」と質問すると、「種を蒔いてもほとんどカラスに食われるもん。蒔くだけ損だもん」と答えが返ってくる。それで自分の畑(自分の人生)に実りが無いことを嘆いてもねぇ~。人生に春夏秋冬は一度しかない。人生に種を蒔く春は二度やって来ない。まあ救いとすれば暖かい地域なら秋に種を蒔く冬野菜というのはあるな。それは寒い地方では出来ない。禅問答みたいだね。
それにしてもこの美女木のマンションは暖かい。仕事部屋や居間ではまだ夜でも暖房していない。北向き部屋の寝室でもオイルヒーターを少しかける程度。朝で18.7℃、昼間22.7℃になっている。ほんと、夏はどうなるのだろう?考えると恐ろしい。まあ、私はエアコンで上から暖房や冷房の風を吹き付けられるのが嫌いなので出来るだけエアコンを使いたくないというのはあるが。それにしても暖かい。そして外はいつも北風が吹いている。毎日毎日北風が吹いている。こういう所は初めてだ。自転車で移動する私としては動きたくなくなる。そして日本海側を除いて太陽がほぼ地平線の家の屋根に落ちる地域というのは日本には少ない。夕方、自転車で走っていてほぼ正面に太陽が見えるというのはビックリする。正面の太陽がまぶしくて前から来る自転車が見えないときが生まれる。突然自転車が現れてビックリしたことがある。太陽を背にして戦うということはこういうことかと分かった。普通日本では太陽を背にするということは無いもんなぁ~。普通、背には山があるのが日本だから(日本海側を除いて)。