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つみれ

近くのスーパーで「鰯のつみれ」を買った。う~ん、池袋にある宮城県アンテナ・ショップで売っているつみれと全然違った。スーパーのつみれは買えないな。つみれからだしが出ないし味がない。宮城県のは、つみれ自体からだしが出て味付けは少しの醤油だけで済む。
ちなみに民主党が日米中・正三角形の関係の構築が望ましいというようなことを言っていますがスーパーのつみれより味がない話しだ。あまりに世界の常識や歴史を勉強していない証拠ですね。世界政治から言って、日本が「日米中で三角関係を築きましょう」なんて言ったら中国とアメリカから「日本がそう思うならそれで良いですよ。そしてその関係なら日本はもう必要ないですね。日本はお金だけ出してください。これから米中で連携して世界覇権を作ります。」となるということが分からないのでしょうか?日本という存在の危うさを考えられないというのは小学生意識ですね。社民党は幼稚園児意識ですが。味の無いつみれは料理から外される。自分は味があると錯覚している味のないつみれの運命は如何に?
男と女の平和な三角関係なんか成り立たないのに国家間においてはもっと成り立たない。国民がそういう国際政治に無知な民主党を選んだのだから仕方がない。(自民党が良いと言っているわけではない。)
これからアメリカの覇権は衰退していく。その中でアメリカに依存過ぎると日本が成り立たなくなるという話しは分かるが、それを政権政党の政治家が口に出してはいけないということですね。中国とアメリカは関西山口組と関東住吉連合会のやくざにたとえられる。両方と仲良くやりますというのは口にしてはいけないことなのです。そんなことを言えばどちらからかに殺される。自分で自分を守る力が無いのだから。
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毛糸の帽子

この冬、生まれて初めて毛糸の帽子を買った。朝早く荒川の土手へ富士山の写真に撮りに行くには頭が冷える。北風の中、自転車で駅に行くのにも寒い。で、丸い毛糸の帽子を被ったら暖かい暖かい。「う~ん、中年のおじさんにになってしまった!」と嘆きながらも暖かさにはかなわない。

無心と思考停止

坂本龍馬の写真をヒントに手の組み方をいろいろやってみて無心になるツボを見つけた。しかしどうも安定打坐で無心になる感じと違う。思考停止にはなるが気が充実しないしそのままでは気が臍下丹田に落ちない。無心と思考停止とはどうも違うようだと気がついた。新しい手の組み方から得られる思考停止の状態から天風会で教えている印の形(双輪の印)に組み替えるとなかなか良い。臍下丹田に気が落ち着く。このツー・ステップ方式が良い。無心とは思考停止と共に気が全身に充実して、なおかつ重心が下半身にきちんと落ちている状態を言うのです。それにしても思考停止のツボがあるということは気が臍下丹田に落ちるツボもどこかにあるかも?
(無心というのは、思考が雲の流れのようにただ流れていてもそれはそれで構わないが思考停止の状態でないと360度の注意は払えない。武士は常に360度の注意を払っていないとどこから切られるか分からない。まあ我々凡人の打坐においては頭の中に何かイメージが浮かんでくることも多々あるが、それをそのまま認めてなおかつそれにとらわれないでそれをただ流すのも無心の内です。浮かんでくるイメージや思考にとらわれないということが大事なのです。こだわらない、とらわれない、執着しないですね。日常の諸々にもこれが出来ればそれで良いのだけれど、いくら長年天風会にいても、誰がどうしたこうしたと思考や感情がそれに拘り、囚われ、執着してしまうという生活習慣思考から離れられない人が多い。)
ただ考えるに、無心というものはツボなんかで簡単に身につけてはいけないものかも知れません。無心から元に戻ったとき思考も元のぐじゃぐじゃのマイナス思考に戻っては何もならないからです。無心から甦ったとき絶対積極心とか霊性心にならないといけないのですから。簡単にできるというのは要注意ですね。
0f79c8d2.jpeg(これがその写真。分かりますかね?全身の力の抜け具合、視線、手の組み方、臍下丹田に籠もっている気。それらがすべて、剣禅一致(悟り)の境地がどれほど出来ているかを証明しているのです。少なくとも肩の力が如何にストーンと抜けているぐらいは分かってください。肩の力がこれほど抜けるというのは現代人ではなかなか出来ない。普通の人が見ると、龍馬はただボーッと力なく座っているだけに見えるかも?)

因縁

魂の輪廻におけるカルマはとりあえず横に置いて、私がいつも知りたいと思うのは戦前の特高警察の子や孫がどのような人生を送っているのだろうかということです。
かつて特高は拷問によって多くの無罪の人を殺してきました、また冤罪を作ってきました。警察というものは謙虚と反省という概念の存在しない組織なので、特高は拷問で人を殺しても悪いという概念は持たなかった。そういう人間の子孫はどんな運命を背負うのでしょうか?それが分かれば因果というものが少しは証明できるのにと思うのだが。いじめっ子といじめられっ子では、いじめっ子が後々大成したという話しは聞きません。有名になる人はほとんど小さいときにいじめられっ子側ですよね。
中学生や高校生の時に万引きをしていた子供が大きくなって大物になったという話しもありません。
動物や材木を扱う仕事でもどうも因縁があるような気がしています。動物も木々も魂が宿っているのかも知れません。やはり木を切るときも感謝と祈りという昔からの日本の神道の儀式は必然なのかも?材木を商売のための単なる物として扱っているとその家に災難が降り注ぐのかも?ご神木というのがあります。かつてある仏師に聞いたのですが、ご神木から仏像を彫り、残った木を足でぞんざいに扱った弟子が瞬間、ポキッと足が折れたそうです。そんなことが二度続いたので残った木はその木を持ってきたお寺に返したと。材木ですらそうなのですから無実の人間を傷つけるとなると・・・・。足利事件の冤罪問題でもそれを当時担当した警察官や検事からは反省の弁はまったくありません。「私は正しかった」と言うのみです。「私は正しい」と信念して反省も無く彼らは死んでいくのです。その因縁はどこに宿るのでしょうか?警察官は言います。「反省なんかしていたら組織が持たない」と。

明治天皇すり替え説

十数年前から明治天皇すり替え説が出ています。歴史に興味を持つ人間にとってそれは既に定説になっていますがマスコミや歴史学会ではそれに触らないでいる。それで国民の間での常識には至っていない。明治維新から概ね130年以上経って始めてそういう事実が一部の国民の前に漏れ始めた。
小沢一郎の不起訴の理由が漏れるのも少なくとも30年はかかるかも?99.9%以上の、いや100%の国民が、「そんなのどっちでもいいじゃん。私の生活に関係ないもん」という状態になって事実が漏れ始めるということですね。
ベトナム戦争においてアメリカが北爆を開始した理由として北ベトナム軍がアメリカの艦船を攻撃したというトンキン湾事件があります。しかしこれはアメリカによる自作自演のでっち上げだったことが今では分かっています。でも今は誰もそんなことを問題にしない。99.9%の人間が、「トンキン湾事件て、それ何?」ですよね。問題にしない時代になったから事実が出てきたということですね。事実が分かっても100%何も変わらない、誰も責任を追及されないということです。歴史を糾弾しようとする人間もいない。


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