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鬱病

鬱病は人間が動物として持っていながら普通はオフになっている冬眠遺伝子がオンになっているという説があります。だから多くの動物が冬眠する北欧では鬱病が多い?鬱病になると太陽の日を浴びられなくなるのもそういうことですね。それにしても鬱はまるで日本や先進国で伝染病のように拡がっている。
私は病名を変えれば良いと思います。「どうでもいいことを気にする病気」と。
患者、「どうでもいいことを気にする病気になりました。」
医者、「そうですか、どうでもいいことを気にしますか」、
患者、「はい、どうでもいいことを気にします。」
医者、「じゃあ、どうでもいいんじゃないですか。飲んでも飲まなくてもどうでもいい薬を出しましょう。」
もちろんこんなことを今誰かが公に言い始めたら鬱患者や医者や医学界から猛烈な攻撃を受けることになるでしょう。なぜならそれが本当だからです。鬱患者は鬱になって苦しんでいるという自分の存在感を失うし(苦しい苦しいと言うことで自分の存在感をアピールしている)、そしてその存在感を与えるために医者は患者に難しい病名を付けてあげる。そして患者は信念する、「私の病気は他の人と違う難しいものなんだ。私は特別なんだ」と。そうして医者や薬品業界が儲かるようになっている。
病名というものは専門家が付けるから難しくなる。最初から「どうでもいいことを気にする病」と名付けていれば何も問題は無かったのにと思うのだが。
心の病を持っている人は、「私の苦しみを誰も分かってくれない」とか「誰も私を分かってくれようとしない」とか「私の苦しみは私にしか分からない」とか言います。
だいたい自分を人に分かって貰いたい思うこと自体傲慢でわがままですね。人は人を本来理解できないのです。自分自身も分からないのに他人様が分かるはずがない。理解しようと努めてくれる人がいればそれが幸せなんですけどね。それが分かれば心の病は快方に向かう。
男と女の関係もそうですね。お互い理解なんて永久に出来ない。遺伝子のプログラムが違うのだから。ただ理解しようと努力してくれる人がいることが幸せなんですね。それだけなんです。
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天風先生

以前、「地球一切を救うヴィジョン」という本を自分で本の紹介欄に紹介していながらやっと読み切りました。この本の中に「中村天風」という名前が二度出てきます。それも中村天風先生という表現で。「なんでこんなところに?」という感じですね。天風先生の悟りや教えはヨガを元にしていますが心は神道ですね。それをかつて務名先生に聞いたことがあります。答えは、「その通りです」でした。そういうふうに判断している先生方は天風会にどれくらいいるのでしょう?
天風先生の教えが如何にすばらしいかったとしても、どうして皇居にフリーパスで入れたのでしょうか?どうして皇族方が夏期修練会に庶民と一緒に参加出来たのでしょうか?天皇に対して偉い先生方によるご進講というのは今も昔も続いていますがその先生方で皇居にフリーパスというのは聞いたことがありません。なぜ天風先生だけが可能だったのでしょうか?そんな疑問を私はずーっと持っていました。立花家のお殿様の血統だから?もちろんそれも一つでしょうが・・・上記の本がその答えのヒントになるかも?まあ、突拍子もないことがたくさん書かれていますが。
同じ天風会に入っている天風会員でもそれぞれの人が持っている霊統というのはあるかもしれませんね~?霊統が違うと教義の理解の仕方や深さが違ってくるし、会員同士の人間関係も違ってくるかも?その違いは理解不能でどうしようもないかも知れないし、しかしながら違う霊統の人が同時に同じものを学んでいるということは本当に素晴らしいことで、それが天風狭義の一番意味のあることかも知れない。
まあ、私の言っていることを理解できる会員は少ないというのは、学びの深さの違いというだけでなくそういうこともあるのかも?何かを多く語らなくても「あっ、なるほど」と理解できるのは同じ霊統だからかも?まあ、この説は仮説ですけど。
先日ある人から、「村長さんは、釈迦やキリストのような人ですね」と言われましたが、否定表現を使うとその人の頭の中に否定的マイナスのエネルギーが生まれるから(脳の中の気の回転がマイナス方向に回転する)、まあ、ここは否定表現は使わない方が良いだろうと思い、「ひょっとしたらそれに近いかもよ~」とちゃかして答えましたが、まあそんなことも????およよよ。それにしても、ここで私が否定形の言葉を発すると相手の気の回転が逆転するとなぜ分かるのでしょう?不思議だ。
仮説の仮説ですけど、天風先生の気の流れを受けている人(直接会ったかどうかは関係が無い)は神道系に共鳴する要素があるような?仏教から学ぶものは多いけれど知識や参考として学ぶだけで。
天風会員で日本の仏教の気の流れを受けている人はとらえ方が狭義的になりやすいかも?もちろん本当の仏教の流れを持っていれば違いますよ。本物はみんな広いのです。何でも本物には違いは無いのですから。
ちなみに、おそらく霊統の違いというものは心がジャンプすると乗り換えることが出来ると思います。「違うから」ということで乗り換えようとしない人が多い。神道では神様違いという表現になる。逆に同じ霊統にいても違うと勘違いしている場合もあるし、ほんと、人間は面倒な生きものだね。

今日の富士山

964f3c84.jpeg夜中に風が吹いていたので今朝は朝焼けの富士山がよく見えるかな?と思い早く起きたのですが、写真を撮りに行く前にパソコンに新しいソフトのインストールしようと立ち上げたら、いつの間にかインストールに一時間近くかかってしまった。それでも途中で止めて写真を撮りに行った。もう少し早く行けたら良かったのにと思うけれど・・・。これはちょうど7時くらいの写真ですね。

仕事2

私がやっている英語サークルで昨年春に入ってきた若い人が中年にまじって勉強が続いている。先週土曜に突然、「私今度転職することになりました」と。みんなで、「ええ~っ!」と。「実は(年に数度参加するだけの航空管制官のOB)Hさんの紹介で航空管制官採用試験を受けたら合格しました。今度航空管制官になります。秋から航空保安大学に行きます」と。もう一度みんなで、「え~っ!」。で、昨日その旨をHさんに電話で報告したら、「サークルの実力がとても高いことの証明ですね。今、管制官はエリートで、試験は競争率が高くてとても難しいのに」とのこと。しかし私としては、まあある意味で私が人の人生を変えてしまったことがちょっと怖いですね。

仕事

前にも書いたけれど仕事が次々に入ってくる。「どうしよう?」とため息が出る。技術的に出来ないものはできないと言えるのだけれど・・・・やれば出来るものを出来ないとは言えない。仕事が多すぎると何から始めて良いか身体がフリーズしてしまう。これも自分が蒔いた種。
昨年、「板橋のマンションを売るべきか売らないでも大丈夫か?」を自分でO-リングテストをしたときにどちらでもOKの答えが出たけれどその意味が今分かるような気がします。でもここ美女木は不便は多いけれど板橋のマンションは売って良かったと思っています。ここは富士山が見られるし。抗酸化処理している部屋の中にいると落ち着くし。
男の幸せは後顧の憂い無く仕事(狩り)に専念できること。女の幸せは自分を守ってくれる存在(自分と自分の子供のために食料を確実に持って帰る男)があること。これが数十万年の人類の作り上げてきた形ですがこれが壊れ始めている。女も狩りに行きたがるし、また狩りに行かなければ生活できなくなっている。都市生活形式では男と女の仕事の区別がほとんどない。戦争にしても現代の戦闘機の操縦は女にでもできるようになった。そして男も家事や育児をしなくてはならなくなってきている。役割分担が消え単なるコストの分担が始まっている。これは良い悪いではなく人類の種としての変化かも知れない。結婚しない女、結婚できない男が増えているのは、その変化時おける摩擦の現れですね、きっと。人類の進化の先端かも?先端にいることでの犠牲ですな。表面的には男の犠牲が大きいけれど子供を産まないことで大きい目で見ると女の損が大きいような気がする。目の前の小さな自由という幸せを選ぶことで将来の大きな幸せと動物としての満足を失うことになるのだから。人間はどこまで行っても動物なのだから。幸せという観点から見ると古い形を守っている方が遺伝子のプログラムになじみやすく幸せ度は大きい。進化の先頭グループはいつの時代でも死屍累々になる。その後ろに続く者がその恩恵にあずかることになる。


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