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めんどうくさい

今まで多くの立派な人に会ってきたが、そういう人たちに共通する点は、「そんなこと面倒だからしたくない」とか「めんどうだなぁ~」とかそういう言葉を聞いたことがないし、そういう雰囲気を感じたこともない。そういう言葉や概念を持ち合わせていないように思われる。逆に言えば面倒臭いという言葉や態度、概念を持たずに常に何事にも対応している人は立派な人だと言える。それは社会的に名前が知られているかどうかは関係がない。
「そんな面倒なこと、するの嫌よ!」ということは実は物事をしないための最も合理的な理由です。結局、面倒だからやらないということが人生の不合理な結論になっていく。すなわち幸運は掴めないことになる。
そう言いつつ最近、食べるのが面倒臭い。まだまだ、「どこで、何を」を考えなくてはならない。自分自身への大いなる反省を持ってそういうことに気付いた。
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合理と非合理と不合理

マクロ・レンズが今日も仕事で大活躍。ズームが付いていないので画面を合わせるにはカメラの方の位置を変えないといけない。今までコンパクト・デジカメはズームがそれなりに付いていたので画面はズームを調整していたが、カメラ位置を変えて画面を合わせて撮影というのも新鮮な文化の逆戻りという感じですかね。
「非合理に徹すると最後は究極の合理に到達する。目の前の合理を選び続けると最後は不合理という結論になる。」と最近気付いた。特に子育て、教育、料理はこの典型ですね。そして職人の修行なんて非合理の典型ですね。しかし極めると合理の極地の作品が出来上がる。スーパーで一円でも安く売るために、そして一円でも儲けるためにとても合理的な弁当が並んでいる。家族の夕食を作るのが面倒だから弁当を買って帰る。作るより弁当を買う方が安いし。とても合理的です。しかしそれを繰り返していると子供がまともに育たない。最近よく言われるようになった「食育」というものが壊れる。合理を選ぶと不合理の結論になるということです。
スーパーで売られている弁当を見ると「人間という名の家畜の餌」に見える。人間は見た目と化学添加物で味をごまかせば何でも食べる家畜?工場の流れ作業で生産された家畜の餌と同じですね。
4285faa6.jpegこれは私のベッド・サイドにあるランプをマクロ・レンズで撮影したものです。このランプは非合理な作品ですよね~、ほんと。

マクロ・レンズ

昨日ビックカメラに行った。7万円を持って。カメラレンズの前で買いたいけれど買う決断が出ないまま外に出た。「うーん、近くの中古カメラ・ショップに行ってみよう。しかしあそこは中古でも高いしなぁ~、前に行ったとき無かったし、マクロ・レンズの中古はなかなか出ないんだよなぁ~。マクロ・レンズを使うような人はそんなの手放さないし」と心の中でつぶやきながら・・・。で、中古ショップに希望は持たずに入ってみた。・・・・「お~、あった!」中古が5万4千円、新品が5万9千円とある。「中古でこの値段なら買えるな」と思っていたら店員が、「ニコンが5000円キャッシュ・バック キャンペーンをしているので新品でも中古と同じ値段になりますよ」と言うではないか!5万9千円から5千円が戻れば5万4千円。ビック・カメラよりはるかに安い!で、D5000で使えるのを確認して買った。で、帰ってちょっと試し撮りしてみた。「うーん、違う!これは良い!今までの高級コンパクト・カメラは一体何だったんだ?!」と。今日、不具合で戻ってきた製品を早速マクロ・レンズで写真を撮って客先担当者に写真添付メイルで原因説明を送った。製品とその部品の写りが今までと違う。これは良い!製品の高級感が出る。ただマクロで撮ると焦点が合いすぎて合っていないところと差が出すぎる。全体がはっきり写るように絞りを絞って撮るには三脚が必要だ。
それにしてもカメラのレンズを変えるとそれだけで見る世界が違ってくる。いつも同じレンズで撮っていて世界を変えるのは難しい。人間の思考もそうですね、いつも同じ思考で考えていると世界の広さが分からない。カメラのレンズを変えるように思考のレンズも変えて見る能力が必要だな。
timeandlamp.jpgマクロ・レンズで撮ると何でもないものが
芸術に見えてくるから不思議だ。
弘法はやっぱり筆を選ぶな。
筆が違うとやはり出来が違う。




door1.jpg

あれれれ、やっぱり

日にちは遡るが先週木曜、板橋区の「ものづくり産業展」の中で新製品技術大賞授賞式と受賞者のプレゼンテーションがあった。一人8分間。で、私は真ん中ぐらいで12時半から8分の持ち時間だった。司会者が、「次は可干渉性縦横両モード・シングル LDファイバー光源のプレゼンテーションです」と紹介してから私が壇上に立った。で、当然ですが多くの人は、いえほとんどの人が席を立っていなくなった。残ったのは4人。区の担当者とマンションの私の知り合いと知らない人が二人。もちろん4人全員何も意味が分からない顔をしている。いやはや当然ですが演壇に立ってこんなプレゼンテーションというか演説をしたのは初めてでした。最初から分かってはいたが苦痛の8分間でしたね。こんな苦痛生まれて初めてでしたね。英語の弁論大会の方がまだましだった。ほんと、心の中で笑ってしまいました。まあもともと私の作っている製品をこんなところでプレゼンテーションさせるのが間違っている。ほんと、場違いものでしたね。昨年はプレゼンテーションというのは無かったです。後で歩いていると他の受賞者が、「賞なんて今まで人生で貰ったことがないのでうれしいです」と人に言っているのが聞こえた。「はあ~、そういう人もいるんだ」と感心したというか、なんというか、人生いろいろですね。私なんか賞状の処置に困っているのに。賞状なんて捨てたいけれどいろんな人が一生懸命関わっているのでその人たちの心を捨てることになるので捨てるわけにもいかないし、大事にするほどのものでもないし・・・・。ちなみに賞金は、「昨年より少ないですが・・」と区の担当者から渡されました。開けてみると二万円でした。子供のお年玉より少ない。二度目の苦笑いでした、はははは・・・。でも、多くの人の努力が詰まっている二万円でもあります。

神様

人間は、特に女性は神様を自分の価値観の範囲の中に取り込もうと引きずり下ろす。人間は困ったもんだ。
真理は常に人の思考の範囲の中には無い。
神は神の姿に似せて人間を作ったと言われますが、ある本に、「人間は人間の姿に似せて神様を作った」とありました。本当に人は自分の価値観に合わせて神様を作る・・・。だから以前にも書いたことがありますが、「人は神に出会って神に気付かず、幸せに出会って幸せに気付かず」なんですね。


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