忍者ブログ

カレンダー

06 2026/07 08
S M T W T F S
4
8
12 17
23 24 25
26 27 28 29 30 31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
村長さん
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

忍者アナライズ

[1829]  [1830]  [1831]  [1832]  [1833]  [1834]  [1835]  [1836]  [1837]  [1838]  [1839

富士山2

535f4302.jpeg今日夕方、富士山の夕景が見られるかな?と荒川の土手に行ってきました。残念ながら富士山の周りは雲や霞がかかっていて見えませんでした。雲は富士山に西から東に吹く風や北から南に吹く風で作られるということがここ1両日の観察でよく分かるようになりました。で、まあ、今日は富士山は見られないけれど夕日が山に沈むのは見られる。しかし写真に撮るほどでもないのでカメラはバッグに仕舞い荒川の土手の帰り道を自転車で走っていました。「富士山は見えなくても良いけど見えるとうれしいな」と気楽に思っていたら太陽が遠くの山に落ちる直前に富士山の方へ目をやると富士山の周りの雲が晴れていました。あららら、またまたそうなってしまいました。どうしていつもいつもこうなってしまうのだろう?と思いながら自転車を止め急いでバッグからカメラを取り出し写真を撮りました。それが上の写真。飛行機も飛んでいました。
その後、自転車をハアハア言いながら漕いでの帰り道、「みんな車で移動するのに、この歳で自転車で走っているのは俺だけだな。50年以上自転車に乗って走っている。でもこの不便さと大変さを選んでいることで腰痛にもギックリ腰にもならず健康でいられるのだ」と自分を納得させながら土手の登り道を、ハアハア。
PR

富士山

dc4104e3.jpeg私のマンションから自転車で約5分で富士山が見られます。富士山が見られるということはこのマンションを買った時の考慮の中にはありませんでした。武蔵浦和駅から西方向正面に富士山が見えて、「えっ、こんなところに富士山が!」という驚きでしたね。今朝は太陽から富士山に向かって雲があったので少し残念でしたがこのような写真が撮れました。富士山と同じ形をした山はニュージランドにもペルーにもあるけれど、ほんと富士山は特別ですね。富士山が火山活動で爆発して無くなったら日本人はどうなるのだろう?富士山、天皇、伊勢神宮というのは日本のへそのような気がします。ちなみにここからの富士山は空気の澄んだ冬にしか見られないそうです。

写真

絵や写真を見てそれを描いた人、撮った人の心が多少は自分なりに読めていたけれど今自分が撮った写真を見て読めないですね。20代の半ばに写真に凝ったことがあります。そして10年前も一眼レフカメラを買って写真を撮っていました。それから比べて今の私の感性は、なんかずいぶん変わったような気がします。昔は意図して撮って良い写真が撮れなかった。今は特に意図しないで良い写真が撮れる。自分が撮った写真が自分が撮った写真じゃないような気がする。カメラのせい?いえいえ力が抜けて適当に撮った写真が教科書的でない結構面白い写真になっていると思う。我ながらちょっと神懸かり的な出来映えで私の実力ではないような?なんか不思議だな。
この正月、田舎でいとことその娘と亭主の3人の写真を撮った。「あれ~?どこかでこんな写真見たことあるなぁ~、何だろう?」と考えていたら30年前にそのいとこが二十歳の短大卒業時の正月にその両親(私の叔父、叔母)と3人の写真をまったく同じ場所で撮っていたのを思い出した。30年経ってまったく同じ場所でそのいとこの娘が大学卒業する今年の正月にそういう写真を撮るというのは不思議な偶然だ。そこで写真を撮るということを考えていたわけではない。たまたまその場所で出くわし、たまたまカメラを持っていたから、「写真を撮ってやろう」と言ったまでで何も考えていなかったけれど考えてみたら30年前の正月とまったく同じ光景だった。ただ子供が親になって世代が変わっていただけ。で、その場所は15年前に亡くなった叔父が描いた大きな絵が飾られている小さな神社(荒神山)の石の階段の踊り場だった。孫娘の大学卒業年度に30年前の娘の卒業年度と同じ光景の写真を撮るように叔父に計られたのかも?その間の30年間一度も私は彼らの写真は撮っていない。たまたま30年ぶりに撮った写真がそういう写真だった。30年経って世代が変わってまったく同じ写真を撮る。幸せというものはそういうものですね。

荒川の土手

be749ff6.jpeg今日始めて荒川の土手に自転車で行ってきました。結婚して夫婦と小さな子供一人という生活ではここはとても良い環境ですね。子供が思いっきり走れる場所は都会にはないですがここにはあります。家族で遊ぶには土手公園は広々していて良いですね。まあ22年前にそんなつもりで買ったのだけれど。思いは無効になりましたf141ad9b.jpeg。ただ思うに公務員が設計した公園というものはどこもまったく魅力がないです。ここもその例外ではありません。土手公園も広々しているだけで美的魅力とか癒しの雰囲気は無いですね。もう少し自然的な魅力を作ればと思いますね。

マイナス思考はノイズ

ほんと、私がよく言っているのですが、「人は真理に出会って真理に気付かず、神に出会って神に気付かず、幸せに出会って幸せに気付かず」と。本当に困ったもんだ。いくら学んでも肉体とぐじゃぐじゃ考える心が自分だという観念からいつまでも抜けられない人が多い。肉体が痛いことは自分が痛いということではないのだから。肉体は自律作用を持つ道具だから適切な自律作用が働くように環境を整えてあげればいい。肉体に心から働きかけるストレスをまずかけないことだね。心がマイナス思考をすると肉体はその意識を受けて自律機能不全に陥ってしまう。電子機器でいえばマイナス思考は電磁ノイズだね。電磁ノイズ(マイナス思考)によって電子機器(肉体)は混乱して正常に働かなくなる。なんでも相似形ですね。自分が自分を思わなければ、すなわちノイズを発生させなければ肉体は正常すなわち健康へと向かうのだから。心を病んだ人やガン、特に乳ガンや子宮ガンを患っている人に特徴なのは、「私は何々、私は、私は・・・」と言い続けることですね。肝臓ガンや膵臓ガンは逆に黙って我慢強いすぎているかもしれませんね。どちらにしても”私”を離せば肉体や心の病は治る方向に向かうのに”私”を離すことが出来ない。”私”を離すことが出来た人は治っていく。それ以上は宿命です。心静かに受け入れるしかない。
本当の”私”、真我は永遠なのだから。それを知った上で”今”をどう生きるか、どう心や肉体を使うかで、明日、あの世、来世が決まっていく。
消極観念はダメだと分かっていても自分の思考が消極だということに気付いていない場合が多いね。「これは消極でなく本当のことなの。ニュートラルよ!」なんて言って。神から見て、ほとんどの人間は知的障害者だよね。いくら言っても分からない。

実際は本当にそうかどうかは分かりませんが私には時々相手の過去生が何となく分かるときがあります。それは決して言わないけれど現在の思考癖やトラウマや性格などが過去生から引きずっているのが分かります。死んで、「はい、すべてリセット」というわけにはいかないんですよ。リセットは生きている時にしないといけない。それは自分の本心に素直になるということですね。しかしながらこの自分で自分の本心というものが分からないのが問題なんですね~。少なくとも頭で考える思考や心の中に本心は無いですね。それは臍下丹田で感じないと。臍下丹田で感じるには思考を止めないといけない。分かってもどうしようもないことも多いけどね。200年、300年待たないといけないこともある。やっかいですね~。だから人はひたすら輪廻転生を苦しみを持って繰り返すんですね。素直になれば苦しみなんて何も無いのに自分で自ら苦しみを背負ってしまう。で、今午後3時過ぎ、前のコミュニティ会館からカラオケ大会の歌が次々に聞こえてきています。ここは極楽ですね、きっと。


忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne