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偶然

先週木曜だったかな?金曜だったかな?某駅で私が西からの階段を上がって行き、駅構内にあるフレッシュ・ジュース・スタンドに行きかけたら東の階段の方から、「西○さ~ん!」という声が聞こえた。「良かった~!ここで会えて!今日、落ち込んでいたんです!」と。「ホントにも~!同じ偶然に会うのならかわいい女性にして貰いたいよな!」と内心思ったのですが・・・・。
今日も駅近くの本屋から出たら、「西○さん!」と声が正面から聞こえた。「はぁ~?どうしてこんなところで?」と仕事関係の人に会った。先週かな?会って1時間以上話しをしたばかりなのに。その人とは、仕事関係の人ではあるけれど、仕事の話しはほとんどしない。人生相談みたいな内容ばかりだな。私は彼の二人いるというメンターの一人になっているらしい。
それにしても男なんかと偶然会いたくないよな。どうでもいいおばさんとも会いたくないけど。くくくくくく。そう言えばその前の週にも偶然二度も会員の同じ男とほぼ同じ場所で会ったな。彼にとっても私にとっても同じ通り道ではあるのが分かったけど。

今読んでいる本の中にこんな話しがありました。
台湾から戦前の日本の恩人の家を探すために大和市の駅を下りた。戦前とはまるで違う大きな町になっている。で、無謀にもたくさん歩いている人の中の一人に尋ねた。「何々さんという人の家に行きたいのですがご存知ですか?」と。そしたら、「私は何々の妻です」と。

先週予習した英語の中に次のような内容の実話が載っていました。
若い頃、女優をしていたが、その後大学の先生になった。当時はほとんど白人が行くことのないビルマに休暇を利用して行った。
美しい仏像を眺めていると一人の老紳士が語りかけてきて完璧な英語で説明をしてくれた。彼は大学の教授で、ビルマの政治、歴史と共に仏教の教えや宿命論を教えてくれた。親しく会話をしている内に、「私の家に来ませんか?」とお昼の食事に招待された。そしてその人の家を訪ねた。お孫さんの女の子が出てきて私の顔をじっと見て言った。「私はあなたのことを知っています」と。「????」
教授曰く、「孫娘はあなたの写真を持っています」と。ますます「?????」
孫娘は写真を取りに行って戻ってきて見せてくれた。そこには若い頃の私が写っていた。!!!!老教授は若い頃船乗りをしていてニューヨークに立ち寄ったことがあり、その時、一枚のブロマイドを娘のために買ったと。
そして彼はビルマで私に偶然出会い、そして私は私の昔の自分に出会った。
最もビックリしたことは、その家族の誰もその偶然にビックリしていないことです。運命が私を彼の家に導いたと当然のこととして受け止めていることでした。
そのブロマイドは、子供が時間のトンネルを通って、大人になった自分自身に会いに行くというストーリの大人の役を演じた時のものでした。

そう言えばこんなこともありました。昔、母が船に乗って高松に行っている時に船の中で、ある老人が話しかけてきた。いろいろ話している内に、「△△という所に○○さんという働き者の立派な人がいましたね。知っていますか?」、
「それは私の実の父です」。
偶然の逸話を出していると切りがない。
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石鹸

毎日、石鹸を使っていて時々思うのですが、最初に石鹸を作った人は誰だろう?どういう人だろう?どういういきさつで出来たのだろう?と。お酒や漬け物のように自然に袋の中で発酵していたというのとは違うからね。火薬を発明したノーベルより遙かに人類に貢献した人になると思うな。
「そんな当たり前のこと、考えるのも馬鹿馬鹿しい!」と思う人もいるだろうけど、そして毎日、当たり前に人は使っているけど、当たり前の事って、世の中、何も無いんだよね。
でも人は自分に対しては当たり前を望むんだよね。心の中のどこかで、自分が許されるのは当たり前。私が何をしても私が愛されるのは当たり前、と。。タレントYもそう思っていたのかも知れないな。話しが石鹸からまたそれた。
クリック⇒⇒石鹸の歴史



よろずごと

映画「奇跡のリンゴ」観てきました。池袋で3時半からのを観ました。
観客は1/3より少なく、1/4より多いという感じでしょうか?日曜の午後にしては少なかったですね。この映画を観る人と見ない人(興味のない人)ではずいぶん人生観が違うのではないでしょうか?本当の夫婦の縁、家族の絆というものは、こういうものだというのも分かります。
帰りに若いカップルの女性が話していました。「木村さんのリンゴは何年も先まで予約が一杯で手に入らない。フランス料理レストランの○○で・・・云々」と話していました。この映画は多くの人に見て貰いたいですね。DVDが出たら買おうかな?私は、考え方と規制を変えたら日本は先端農業国になれると思っています。
先週末、ダライ・ラマ日本事務所から封筒が届きました。また来日講演の案内状かな?と推測したのですが、開けてみたら5月の連休にあった護国寺でのチベット・フェスティバルで作られた砂曼荼羅の砂でした。祈りの込められている砂に有り難さを感じます。砂は日本の砂なのでしょうか?それともチベットの砂なんでしょうか?いえ、チベットではないな、インドの砂なんでしょうか?本当に貴重な宝の砂です。金の砂より価値がある。
岐阜県の五宝滝近辺の御水を飲んで、御水がお腹の中に入った後は活力がみなぎってくるのがわかります。ヴリルが御水の中にいっぱい入っている感じですね。飲み味は、当然、清涼飲料水の方が美味しいのですが、その飲んだ後の活力の充実感は全然違いますね。多くの若者は、清涼飲料水的恋愛、コンビニ的肉体関係を求めているんでしょうね。本物の縁というのは上記の映画のようなものですね。縁とは不思議なものです。
愛されて育った人は、何事にも忍耐力と満足がありますが、そうでない人は、いつも不平・不満・文句と批判ばかりですね。だから忍耐力が無い。これに関しては自分で気付くしかないですね。いくら本を読んでも気付けない。何歳になっても気付かない人も多い。これもまた、学びの縁があるかどうかですね。まずは愛されて育った人の忍耐力と満足の持ち方を真似ることですね。そのためには真理を学ぶことですね。真理の会得は、愛の会得と同等ですね。もちろん頭で知る真理(知識)ではダメですよ。
また逆に健康も経済も家族関係も問題なく来ている人が真理を深く会得できるのだろうか?まあ、そういう環境を持っている人は、過去世のご褒美で今生そうなっているのは事実でしょうね。だから試練があるのは真理を深く会得できるチャンスを持っているのでハッピーですね。試練のない人は、過去世のご褒美の人生だからこれもまたハッピーですね。人それぞれ過去世からの運命を背負っているからな。過去世が違えば今生の運命も違う。同じものは二つとしてない。指紋が違うのと同じだな。人生は一人一人違う。でもその法則はみな同じだな。



ついでに

かなり以前に書いたことがあると思いますが、ソビエト連邦が崩壊して情報公開された中で見つかった情報ですが、第二次世界大戦が終わって、ソ連軍のジューコフ元帥が記者会見をしました。
記者の質問、
「今大戦で一番苦しかったのは、やはりモスクワ存亡の危機であったレニングラードの戦いですか?」
ジューコフ、
「いや、違う。一番苦しかったのは、ノモンハンでの日本軍との戦いだった。」
(レニングラードの戦いではドイツ軍に包囲され、300万の市民の内、80万人が餓死したと言われている。)
ノモンハン事変では、日本はソビエト軍の機械化軍団に一方的に惨めに敗れたとなっています。戦前はそれを国民に隠していた。そこから日本陸軍は近代戦について教訓を何も学ばなかった。
しかし、旧ソビエトの公開された資料を読むと、ソ連軍の方が日本軍より犠牲が大きかった。ソビエト兵も日本軍の攻撃の前で後退しようとすると、「逃げるな!」と後ろから味方に撃ち殺された。戦車兵は逃げることが出来ないように、戦車の中で戦車と手錠で繋がれていた。
これも書いたと思いますが、戦後、日本人はシベリア抑留で、6万人ぐらいでしか(諸説ある)?何万人と死にました。満州からの引き上げ時に20万人(諸説有り、実数はもっと多い)が犠牲になりました。
でも、同じ頃、ドイツでは連合軍によってドイツ人200万人が殺されました。歴史は勝者によって書かれるものです。勝者にとって都合の悪い事実は消されます。日本の戦後歴史教育もGHQによるアメリカ正義史観と、日教組による日本悪者自虐史観が教え込まれました。

日本人の愚かさ

朝鮮半島から見た蒙古襲来(元寇)に関する本を読みました。
日本人の愚かさは800年前から何も変わっていないのですね。憲法問題にしても何にしても同じですね。確かに日本人も戦前の軍部、特に日本陸軍の横暴と自分勝手さに今もなお辟易しているのは事実でしょうね。そのPTSDを日本人は持っている。憲法改正すれば、日本政府は旧日本陸軍のようになってしまうのではないかと。軍の過ちは、国の100年の過ちに繋がるということですね。
政治家は歴史を勉強すべきですね。学校の教科書の歴史ではなくて。
元(モンゴル帝国)が滅びた遠縁は日本侵攻の失敗のせいだったのかも知れません。もちろん大陸でペストが大流行したのが大きな原因であったわけですが。三度目の日本侵攻(フビライが死んだので実行されなかった)のためにお金を大量に刷って猛烈なインフレになってしまったらしいです。それで元の国力が衰退したと。(今もまた軍事力増強のために大量にお札を刷っている国があります。歴史は繰り返されるのではないでしょうか?)
元帝国皇帝フビライは日本が攻めてくることを恐れ、同時にまた、マルコ・ポーロがフビライに語った黄金の国ジパングを夢見て死んでいったと。出来たら自分の足で日本に行ってみたかったと。コロンブスもまた黄金の国、ジパングを目指して出航した。とすると、日本はいったいどういう国なんでしょうか?ロシアを革命に導いたのも、日ロ戦争時のヨーロッパにおける日本の裏工作のお陰でもあったわけですから。アジアの白人植民地を解放したのは結局、日本だし。
ちなみにチンギス・ハーンは、木を一本切れば苗木を2本植えろという規則を作っていた。フビライは、第二次日本侵攻に際して民百姓は殺すなと命令を出していた。どうして日本に対してだけそんな命令を出していたのか?でも、誰もその命令を守らなかった。いつの時代でも戦場では誰もそんな指示は守れない。
イギリスから森が消えたのは石炭を使うようになる前に、製鉄のための木炭を作るために木をたくさん伐採したのと、大量の木を切って非常に多くの帆船を造ったからと言われています。朝鮮半島は、元のフビライの命令の下、たくさんの木を切って日本侵攻の船を造って禿げ山になったと本にあります。共に植林する習慣が無かったのでしょう。日本はヨーロッパの帆船時代に鎖国して山の木を切らなかったのが幸いしているのかも知れませんね。何が幸いするか分からない。
レバノンといえば今は砂漠地帯ですが、二千年前にはレバノン杉という緑に覆われていた。これもまたたくさんの船を造るために伐採して砂漠になった。
朝鮮半島から見た元寇を読んでいると日本は運が良いとしか言いようがない。本当に神風が吹いたのかも?日本人の思考の愚かさが運でカバーされている。



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