アクセルとブレーキを踏み間違って母子を殺しても「ブレーキを踏んでも止まらなかった。だから自分は悪くない。」と反省も懺悔もない勲章を貰った元官僚。
大久保清の事件から今でも家庭教育の間違いに気づかない日本人。宮崎勤、加藤智大、そして誇大被害妄想から34人を焼き殺した男まで同じことが繋がって行く。みんな家庭での共通の闇を持っている。こういう子育てをすると悲劇で終わるという実例がたくさんあるのに人はなぜ学習しないのだろう?
それにしても京都アニメーションは、あれだけの人数が働いている建物でなぜスプリンクラーや非常階段を設置していなかったのだろう?まるで今回の悲劇の運命を待っていたかのようだ。それとも日本人の平和ボケ安全ボケの結果かな?個人レベルも国家レベルも起きることは相似形なんだよね。
アニメーターというのは無茶苦茶給料が安いと読んだことがある。アニメは無茶苦茶人手と手間暇のかかる仕事で、どれだけ売れるか分からない仕事だからということなんだろうけど?京都は手間暇のかかる仕事をしている会社が多い。京都は人件費が安いからそういう会社が成り立つと昔聞いたことがある。今はどうか知らないが、私が何十年か前に商社マンとして京都に営業で行っていた時に聞いた話では、島津製作所も京セラも東京の人間がビックリするほど給料が安かった。だから京都アニメーションも外からの企業イメージと違って、安い給料と安普請の建物で成り立っていたのかも知れない?
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