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似た人

先月の国家基本問題研究所というところの講演会で、ある亡くなった人にそっくりな人を見ました。どうして、こんな所であの人にそっくりな人に会うのだろう?と疑問に思いました。顔も頭のハゲ具合もひげの形もそっくりでした。
今日も池袋である女性にとてもよく似た人が横断歩道を反対方向に歩いているのを見ました。若干年齢が違う程度で、顔も髪型もスタイルも服装も、うり二つでした。人間というのは不思議なもので、顔が似ていると髪型も似ていて服装も似ていて、声も話し方も似ているもんですね。どうしてそうなるのでしょうか?
人間というのは自分の頭で考えているようで実は違っていて、いくつかあるパターンの中のひとつのパターンの中に自分の思考と嗜好が入っているんですね。だから思考も嗜好も自分の価値観に基づいて自分が作っているのでなく、自分が嵌っている思考パターンによって自分の中で作られているのです。
それが私の言うところの、自分の顔かたちも含めて環境という作用によって作られる反応という反作用としての自分の思考と嗜好ということですね。
そのパターンを自分で破り、越えることが、「運命を創る」ということですね。



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目で見る瞑想

クリック⇒⇒【目で見る瞑想】 残念ながら古いパソコンでは見られない。

この映像は瞑想にかなり良いけど、音楽もかなり良いけど瞑想には合わない。音を消して見るのが良いな。または音楽を消して、別の音楽を重ねると良いかも知れない?それぞれ好みで試してみてください。今回の勉強会には、これは使わないので紹介します。知っている映像だと意識が働いて一心や無心に入りづらいから。
こういう映像をプロジェクターで前に大きく映し出して、音楽と合わせて瞑想の入口としするやり方をしている人は他にいないんじゃないかな~?自画自賛?
32インチ程度のテレビじゃダメだな。部屋を暗くしてのプロジェクターで目の前に大きくが良いな。プロジェクター映像の方が目に優しいし、液晶テレビは目にけばけばしいから(まぶしすぎる)。私も瞑想とク○○には、本当、口うるさいな~、紙をする音を立てるな、姿勢を正す以外の動きをするな、寝ても良いけど腰骨は立てろとか。瞑想というのは深く入ると、魂の周りの防御機能が無くなった状態なのでもの凄く緊張しないといけないんです。緊張といっても全身の筋肉も心もリラックスですが。無心もね、ボーっとした無心と、ピーンと張り詰めた無心がある。

こういう映像とか、音楽とか、鐘とかブザーとか使ってもそれは練習であって、最後は歩きながらでも、いつでも出来るシンプルな方法に行き着きます。
シンプルに行き着く前に感覚をテクニックを使って身に付ける必要があるんですね。最初からシンプルな方法では出来ないだろうし、感覚が分からない。何でもシンプルは難しい。長嶋茂雄が、どうやってヒットを打つんですか?という質問に、「飛んでくるボールを、それをバーンと打つんだよ」みたいな答えがかつてありました。王貞治は、「ボールが止まって見えるからそれを打つ」と。イチローは、誰かのそういう質問に、「ボールは動いているよ」と答えた。それぞれシンプルになるまで極めているんですね。瞑想も同じでシンプルになるまで練習しないといけない。野球の練習で使うバッティング・マシーンが、瞑想における映像と音楽かな?野球の練習におけるランニングが、「肩の力を抜いて、臍下丹田に気を込めて云々」かな?では、キャッチボールは何に当たる?キャッチボールがブザーですね、きっと。




こんなのがありました


関連YOU-TUBEも見てください。


先見性

先見性がある人間は大抵、組織の中で嫌われる。99.7%の人間が先見性が無く、過去の経験と世間常識に生きている訳ですから、先見性のある人間の意見は異端になるわけですね。
先見性は常識の中からは生まれないわけで、人間性とリンクしているんです。
芸術とはその芸術家そのものでもあるわけですから。常識人からは常識しか生まれない。外交とか国防というのも同じで、先を見る力のある人間が先を見て今の決断をしないと先において国が滅びるわけです。憲法なんかの判断もそうですよね。もう今までの常識は通用しない。何をしても国境を越えた関係になっているのだから。自衛とか国防とか集団的自衛権と言っても今では武力を使わないサイバー戦争にもなっているわけだから、そういう情報防衛に関して集団的自衛権をどう考えるのか?防衛システムの集団自衛権を行使した時に、時には武力が連動する訳です。ここは出来て、ここは出来ないという枠は成り立たないのです。もはやシステムが連動していますからね。戦後の貧しい国家であることを前提にした憲法ではシステムに合わなくなっているのです。
津波災害の復旧プランが出来ないのも個人の権利関係が入り乱れて、法律がにっちもさっちも行かない状態だとも言う。親が津波に流されて土地の相続が、地元に住んでいる子供と東京に住んでいる子供に対等の権利があって、兄弟間で意見が違って土地の再利用ができないとか。権利者が生きていないのでどうすることも出来ないとか。また災害時の放置された車を処理する緊急処理法も無いし。そういうのも含めて緊急時における個人の権限の制限なども憲法で可能なようにしないといけない。まあ、法律だけを改正して出来るものもあるのかも知れないけど不明確だよね。いろんな法律に引っかかって国や行政が身動き取れないというのも現実らしい。文句を言うのは、みんな天才だけどね。戦後の国民の権利に基づく法律によって国や行政が身動き取れないことに対しても国は何もしていないと文句を言い、「では避難用道路の拡張のためにあなたの土地を一部提供してください」と言えば、ノーと答える。
もちろん、戦後の日本は戦前に比べれば遙かに良くなっていると思いますね。国民は豊かに幸せになって、個人の権利も大幅に増えていると思いますね。
ここで改めて地球が小さくなった新しい時代に合った国家とは何か、国民はどうあるべきか、という概念を考え直さなくてはならない時が来ているのだと思いますね。それに基づいて憲法をひとつひとつ考えないと。
ただ日本人は、そういう理念というのを考えるのは苦手な民族かも知れませんね。なぜなら島国による自然成立国家だから。元々自然のままに流れて国家ができているからそのDNAがある。神道も自然理念で条文理念(教義)じゃないからね。アメリカなんかは理念に基づく人工国家だから、理念が大事。
関東大震災が起きたら、いろんなビルやマンションが倒れて、マンションやビルの建て直しに権利者の3/4以上の合意が必要だというルールに縛られて東京は復興できないかも知れない。世界から見たら、アホとしか言いようがない状態になる。その小さな例が駅前再開発反対運動ですよね。再開発できなかった場合は人の流れを失って元も子も無くなってしまうケースがほとんどなのに、それさえも気付かない。それが国家レベルで起きるし、現に起きている。例えば、北海道や青森の人間が海外に行く時に、成田経由だと成田か東京に一泊しないといけないし、新幹線代や宿泊費がかかるので、一度韓国に行って韓国からアメリカやヨーロッパに飛んでいる。千歳を大きな国際空港にすれば良いのにね。いろんなしがらみでそれが出来ないで、日本自体が損をしている。何事も相似形と私が言っているように、個人も人生に対して同じような発想をしていて、目先の自分の安全と欲のために、結局、人生を失っているケースも多い。心の病は目先の欲深さから来ているとも言えますね。「これは失いたくない、あれは絶対欲しい」という欲が満たされないために心の病になるかも?心を病んでいる人は執着心が強いですね。いつまでも一つのことにとらわれている。人がしてくれたことより、してくれなかったことのみに意識がいく。99親切にされても、1気にくわないことがあると、いつまでその1に対して恨みを思い続ける。
あれ?近くのどこかの国の態度みたいだな?どこかの国は国として民族として心を病んでいると言えるかも知れない。民族性だから後千年は変わらないかも知れないな。



面白い言葉

インターネットにこんな言葉がありました。
【これだけ苦しんで生きてきたのに
死ぬときにまた苦しむなんて悲しすぎる
一番楽な死に方は 『老衰』
楽に死ぬために生きてみようよ 】
練炭自殺願望の人を諫める言葉のようですが、なるほどその通りですね。
楽い死を選びたければ老衰を選べばいい。悩めば病死の可能性が高くなるから、「死ぬまでの時間潰しの人生」と思い、悩まずに流れのままに身を任して欲を持たずに生きれば老衰になる確率は高くなる。欲が悩みの元だから、こせこせした欲を持たなければ良いわけですけどね。大抵の欲は人との比較や嫉妬から来ている。
まあね~、人生なんて自分が勝手に苦しいと思うことはあっても、日本で生きていて本当に苦しいことはめったにあるものではないな。ホームレスだって、「お恵みください」というような乞食になっていないのだから。ホームレスの生活を苦しいと思うか、気楽だと思うかはその人の心の持ち方だから、苦しいという客観的事実では無いわけですよね。美人かブスかだってレントゲンの骨の形をみても分からないわけで、骨のバランスの良いのが美人という定義にいずれなるかも知れないし。22世紀は見合いや恋愛の最初に、「あなたのレントゲン写真を見せてください」が最初の挨拶になったりして?レントゲン写真を見て、「あなたは美しい!私はあなたに惚れました」な~んてね。はははは!すべては心の持ち方次第!






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