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交通事故死

こんなニュースがありました。
【防衛省幹部がオートバイにはねられ死亡 東京2013.5.3 22:32
 3日午前1時55分ごろ、東京都千代田区麹町の国道20号で、歩いて横断していた防衛省統合幕僚監部特殊作戦室長の黒沢晃一等陸佐(50)=同区紀尾井町=が、左側から来た世田谷区上祖師谷の職業不詳、宮嶋稔さん(45)のオートバイにはねられ、全身を強く打って、間もなく死亡。宮嶋さんも頭などを負傷した。
 同署によると、現場は片側3車線の直線道路で、近くには信号機付きの横断歩道があった。黒沢さんは近くの防衛省の寮に帰宅途中だったとみられる。宮嶋さんは「事故の瞬間のことはよく覚えていない」と説明しているといい、同署が詳しい事故原因を調べている。】
インターネットにこんな書き込みがありました。
【この黒沢という人物、モザンビークPKO等で隊を指揮した経験を重ねた後、
西部方面普通科連隊の連隊長を拝命し、厳しい訓練法を確立、
三自連携の基礎を築いたとても重要な人。
で、西部方面普通科連隊、主として九州以西の島嶼防衛の
要になると目されていた。
因みに、中国人民解放軍の将軍が
「日本には尖閣有事の専門部隊がある」と指摘してるのだが、
この部隊が将にそれ。】
【暗殺だとして、バイクだと四輪と違ってはねたら自分も只では済まず逃走もできない。しかしバイクなら援急加速で無線の指示に合わせてタイミングを合わせやすいという最大利点がある。
音の大きさの割りに高速がでるしライトを手前で消していれば四輪より確実性があると思う。
本人も怪我を負うのは必死だから事故のイメージを与えることができる。四輪だと自分は無傷だから暗殺 の可能性を世論から疑われる。
後はライダーの身辺の裏を完全に消していれば事故で済ますしかなくなる。】
【そういえばこの間、ロシア担当の内調の人も「自殺」してたよなあ・・・】
昨年秋に次期駐中国大使に決まっていた人が渋谷で心臓発作で突然死していたな。

暗殺の方法には、1。自殺に見せかける。2。事故に見せかける。3.心臓発作に見せかける。があります。
それぞれの国の諜報機関(スパイ組織)にはそれぞれの得意技があります。
人の命は九牛の一毛より軽い国があります。
オートバイによる交通事故死を暗殺だとすると、当然C国が疑われます。そうかもしれないし、またはC国だと日本国民が疑うことで反C国感情が湧き上がることで得をする国がやっているかも知れません。それともやはりただの偶然の事故かも知れません。
ぶつかって人が死ぬぐらいのスピードで夜中にオートバイを飛ばしていたということは、前方に全神経を集中していたはずですね。それで人をよけるハンドルを切っていないとするならば不自然ですね。
亡くなった本人には酷だけれど、今置かれている立場上、いつ暗殺されるかも知れない緊張感を持っていなかったとしたら安全呆けと言われても仕方がないかも知れません。
何の問題も無いただの市民の私でさえ駅のプラットホームの先頭には立ちません。後ろからいたずらで、ポッと押されて線路に落とされるかも知れない可能性を排除するためです。外国では昼間でも人のいない道を一人で歩きません。「ホールド・アップ!ギブ・ミー・チョコレート!」なら良いけど、そうでないこともあるから。20数歳の女性が夜中に人通りの無い吉祥寺の住宅街を歩いていて殺されたことがありましたね。あれ、犯人捕まったんだっけ?金欲しさのの犯行にしては不自然?日本人は女性から特殊部隊の隊長まで安全呆け過ぎるよね。そういうこと言うのは犠牲者には申し訳無いのだけれど。
ちなみに上記の事故死は、テレビや新聞のニュースにはなっていないと人から聞きました。ニュースとして報道されないのも何かおかしいですね。政府は毎日たくさんあるただの交通事故のひとつとして処理したいのでしょう。
もし暗殺だとすれば、将が死ねばその部隊はまとまりを失い弱体化するという兵法の基本の考えに基づくのでしょうが、日本にはその常識は通用しません。逆ですね。日本人は質が均質なので変わりがいくらでもいます。日本は現場がしっかりしているので、余計にその部隊のまとまりが強くなって部隊として強くなる。
将を戦争になる前に予め暗殺しておくというのは某国の古代兵法の基本ですね。まるで古代史が目の前に表れているようです。そう言えば、日本では弔い合戦という言葉がよく使われますが、他の国の戦史を読んでいてそんなのあったかな~?あるある!三国志の中の蜀の話しの中にあったな。
インターネットの中にあるオートバイに乗っていた人間の顔写真は警察で撮られたものなのかな?もしそうなら満足そうな顔に見えますね。いや、交通事故を起こしたぐらいでは顔写真なんか警察から公開されないから、これが公開されていることは、誰かが意図的に漏洩しているわけだから、変だな?





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瞑想

今度の”宙の風”勉強会の一回目の瞑想のイメージがだいたい出来ました。それから二回目が滝瞑想になるかな?三回目は山田先生の教えの基本に戻ります。結局、山田先生から教わったやり方に戻るんですね。確かに、山田先生のやり方は簡単ですが、それを普段かつ実質のものとして身に付けるには、瞑想にある程度それなりに熟達していないと身に付かないと云うことですね。坐りながら音楽を含んだテープを聴く方式から、歩きながらでも行なえる方法に進化ですね。私が歩きながら行っている方法をお伝えします。とても簡単!

本来の自分

何度も書いていますが、人の幸せは、自分の魂の声を聞いて、それに従うことですね。しかし人間は、親や環境という作用に対する反作用として自分の心や考え方が出来ています。人はそれが正しいと思っているので自分が変わることはなかなか難しい。変わるきっかけとして与えられるのが病や試練ですね。
本当の自分を感じるには思考を止めないといけないですね。そのために瞑想があるし、または瞑想的に自分の心の深海を静かに見つめる必要があるんですね。何も無い時より、せっぱ詰まった時とか、大きな決断をしないといけない時にするとやりやすいですね。集中力が出ますから。
思考している限り、「自分の、自分による、自分のための理屈」から越えられない。この思考を止めると云うことがなかなか出来ないし分からない。まずは沈思黙考から始めるのが良いのかな?沈思黙考は傍に人がいると出来ないですね。最低20分はひとつのテーマを考え抜く。途中雑念が出たら最初からやり直し。集中力が必要ですね。一人でゆっくり歩きながらするか、晴れの日に静かな自然の中で坐って行うのが良いですね。夜、自分の部屋で考えると、沈思黙考に慣れていないと大抵はマイナス思考になる。
沈思黙考とは頭の中からの答えを出すのでなく、腹の底から答えが浮かび上がってくるまで、その問題に意識を集中することですね。とは云っても、それは知識で知っても意味は無いので、自分でやってみないと分からないことですね。なかなかね、思考しないで考えるということが分からないし、思考しないと云うことも分からない。自分を見つめると云うことと自分を思考することとは違います。
前に書きましたが、母親が子供を産む時は産みの肉体の苦しみがあるわけですよね。自分が自分の心を産む時も心の産みの苦しみがあるんですね。まあ、そういうことの経験の無い人の方が多いのかも知れませんが、それなりに多くの人は経験があるのではないでしょうか?その自分が自分を産むということがうまくいかない人が心の病になるのかも知れませんね。心のお産婆さんが必要なのかも知れませんね。天風先生にはカリアッパ師がいた。空海にも道元にも白隠禅師にもいた。師は人であって本ではない。知識は師ではないということですね。それに一冊の本を書くと云うことはその裏に十倍以上の情報がある訳で、その情報はその著者から直接得られる訳ですね。いくら本を繰り返し読んでもその背景にある情報にはたどり着けない。人から人へ伝えていく真理は本に書けないという場合が多いと思いますね。8までたどり着いている人にしか9とか10は教えられないから。知識を増やすのでなく、心の脱皮を繰り返して上に上がっていく訳ですね。





CD

今日も護国寺に行ってきました。昨日は夕方に行ったので砂曼荼羅や展示物を見られなかったので。昨夕歌った歌手のCDも購入しようかな?とも思って。で、CDを買ってきました。
「何だ!?この透明度の高い声は?」と思って説明書を読むと、彼女は、「孤児として生まれ、3歳で小児麻痺にかかって左足の機能を失って・・・」とある。
なるほどな~、と思ったのではありますが、わざわざ買いに行って良かった。
最近は寄付も少しはするけど、出来るだけ何かを買うことにしている。昨日はモンゴル祭の屋台でも、チベットフェスティバルの屋台でも食べた、食べた。で、お陰で今朝は、ここ5、6年の中で一番体重が重い62.3キロになっていた。体重が増えすぎて苦しい。一粒一粒の砂に仏様が宿っているという砂曼荼羅の砂も五百円で頼んだ。小さなスプーンに少しとかと言っていた。何年も前に見た時は、砂曼荼羅の砂は後で海に流すと聞いていたのだが。砂曼荼羅の写真撮りたかったがすべて撮影禁止だったので残念。それにしても昨日も今日もたくさんの人が来ていた。来ている人の空気が違うな。モンゴルはモンゴルの空気がある。チベットにはチベットの空気がある。いろんなところに生まれていた人が今の日本に生まれているのかも知れない?無意識のうちにご縁があるのでしょうね。で、私は?両方にご縁があるから両方とも二日続けて行くことになった?
本来、そんなもの二度も行くほどのものでは無いのにね。で、この連休は意外に忙しかったな。またまた、あっ!という間に終わったな。







よく分からん?

これはどこの国なんだろうか?中国でも韓国でもモンゴルでもなさそうだけど?顔は日本人によく似ている。旧ソビエト連邦の一部だった国のような気がするな。カザフスタンか?それともロシアの中のアルタイ共和国?この国に一度行ってみたいな。美人が多そうだ。





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