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本の立ち読み

今日、雑誌を立ち読みするために本屋に行きました。文藝春秋P312、同じくP466。私は中村勘三郎は医者に殺されたと最初から言っていますが、医者でさえも同じことを書いている。立ち読みしているとP168に日米「尖閣共同作戦」というページがあったので、文藝春秋なんか10年に一度買うかどうかの雑誌ですが買った。
それと、”ゆほびか”6月号P147~P157も興味のある人は見つけて読んでください。分かる人は分かる話しです。分からない人は分からない。それだけ。


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なかなか面白いブログ?

まあ、大抵の女性には興味のない内容になると思いますが、テレビや新聞、週刊誌よりレベルの高い実態を伝える内容だと思います。
クリック⇒⇒面白い記事



主権回復の日

テレビは見ないし新聞は読まないのでよくは知らないけれど、主権が回復した日として国が祝ったそうですが、私から見ると、「そんなことするなよ!見た目だけの半身不随の主権回復だし。独立戦争で勝ち取って得た主権じゃなし。それは恥の日だ。女房が若い男と逃げて数年経ってこっそり戻ってきたのを”女房が戻ってきた日”として祝うようなもんだな。そしてその女房はその男とまだよしみを通じているというのに。真の主権回復は国連の敵国条項から日本が無くなった時だし、自主憲法を制定した日だ」と思う。沖縄の怒りも一理ある。
それにしても昔から理解できないのが、社民党(旧社会党)や共産党がアメリカから与えられた憲法を守れと言っているのが分からない。ソ連から与えられる条項も憲法の中に入れろ!と言うのなら分かるが。憲法第九条云々があるが、自分で条項を考えることが出来ないのか!と思ってしまう。こういう場合はどうするのか、こういう場合はどうするのかと、国内問題、対外問題に対してあらゆる想定に対応した平和憲法を自ら考えろ!と言いたい。
自分が武力を持たなければ、どこも攻めてこないという論理なのかも知れないが、それは地震対策をするから地震が起きるのであって、地震対策をしなければ地震は起きないと言っているのと同じだな。スピリチュアルの世界でも似たことは言われている。地震は人間の心の汚れに対して地球が怒って地震が起きているのだと。私は常に言う、「人類が地球に誕生する前から地震や地殻変動は起きている。それをどう説明するのか?」と。
まあ、人間の集団意識と地震や天候が完全に無関係かというとそうでも無いかも知れない?という面もあるかも知れないけど今のところそこはよく分からない。しかし人間の意識が地震と関係するなら、ワシントン、ニューヨーク、東京、北京、ロンドンの欲だらけの場所に地震や天災が起きて良いはずなのだから。東京はいずれそれなりに起きるけれど、それは地殻構造がそうなっているからであって人間の心とは関係がない。
国民の心が純粋で国防力を持たないブータンが平和かというとそうでもなく、毎年中国の侵略で国土が狭くなってきていることを大抵の日本人は知らないし、媚中派のマスコミはそれを報道しない。社民党や共産党は、それは中国が中国の本来の領土を取り戻しているだけとでも言うのだろうか?



敗北

旧帝国大学出身者の多くに見られるタイプとして、記憶力は良いけど柔軟に理解する能力が欠ける人が多いということですね。辞書に書かれている意味は本当によく覚えているけど、日本語の状況に合わせて意訳が出来ない。人が意訳すると、「辞書にそんな意味はない!」と怒り出す。そういうタイプの人が官僚になっている。
日本が戦争に負けたのも、陸海軍エリートが陸軍大学、海軍大学で学んだことを、どんな状況になっても同じことを繰り返すことしか出来なかったからですね。状況変化に適応できなかった。私でさえ高一で読んでいる兵法の基本である「孫子」さえ学んでいなかったと云います。学んでいない問題に自ら気付いていなかった。日本の大企業も同じ事で衰退している。過去の成功のワンパターンしか考える能力が無い。そういうことが日本人の気質ですね。どんな想定外のことが起こり得るか想定することが出来ない。いえ、起こって欲しくないことは起きないと想定して、万一を一瞬思っても想定しなかったことにするのです。原発災害がその典型ですね。福島原発災害と先の戦争に負けた原因は同じです。太平洋戦争を始める前に、図上演習を何回してもアメリカに負けた。で、図上演習はしなかったことにした。その図上演習の結果は東条英機も知っていた。のですが、神国日本がそんな結果になるはずがないと神風が吹くことを想定して戦争を始めた。しかし結果は、図上演習の通りに流れてその通りになった。
戦争に負けた時に、戦争を始める決議に参加した人間は、東京裁判を待たずして全員自ら自決するべきだった。正しかったかどうかでなく結果責任を負うべきだった。もしそうしていれば戦後の日本は大きく変わっていただろう。世界や近隣諸国の日本に対するイメージも変わっていただろう。
東電もそんな津波や地震は来ないと想定した。なぜなら起こって欲しくないからコストに合わせて想定範囲を調整した。それ以上は思考をストップして、思考する人間を排除した。東電の罪は万死に値する。彼らは万死の罪を背負っていることに気付いていない無責任の中にいる。
「みんなで決めたことだから私に責任は無い」というのが官僚主義ですね。
何かを失敗した時に、エスケープゴートとして特定の人間に責任を負わせるのが独裁主義ですね。
民主主義はそういう政治家を選んだ国民が責任を負わないといけない。しかし日本国民は責任を負おうとしない。「民主党に投票した私が間違っていた」と言う人は聞いたことがない。「一度民主党に政権を取らせて、それが如何に間違っているかを知ったことに価値がある」と言う人もいるが、それも一理あるが、それはまだ平和だから許されている。野田さんは正しかった。私は野田さんを一人の人間として評価している。解散して国民に信を問うたのだから。民主党を崩壊に持っていった野田さんは日本の救世主です。そう言えば野田さんの名前がメディアに出てこないですね。鳩山さんと菅さんは時々アホな言動をしてメディアに出てくるけど、野田さんはどうしていのだろう?
日本人が日本人を超えた時に本当の日本人になれると私は昔から言っている。

会得

何事も継続しないとものにならないですね。でもバカのひとつ覚えの何十年の継続だけでは前に進めないですね。最初に入り口のノウハウとして教えて貰ったことを何十年と続けている人がいます。病気治しぐらいはそれで充分なのかも知れませんが。
例えば、まったくの初心者に肛門が締まっている状態を教える方法として、足の指で大地を掴むようにしてかかとを紙一枚浮かせる姿勢を取るようにと教えます。そうすると少しクンバハカを感じることが出来ます。しかしそうすると身体は少し前傾姿勢になります。その姿勢を維持するために全身の筋肉が働きます。そうすると全身の力が抜けません。で、深いクンバハカになりません。本人はその段階のクンバハカをクンバハカだと理解して何十年と続けていると思われる人がいます。それはそれで立派ですが、その先を教えてくれるはずの先生が次の段階を教えないまま亡くなっていますからね。それはもう仕方が無いですね。
そして自分自身でその先を工夫しながら試すということをしていないんですね。
その最初に教えて貰ったことがすべてだと思ってしまっているんですね。まじめだけど工夫が無いんですね。そういうことが私にはみんな見えてしまう。
だから継続の上に工夫の積み重ねが必要ですね。工夫を積み重ねて始めて身体で会得する感覚の違いが分かるようになります。
でも、工夫を積み重ねても深い意味は分からないですね。幅広く知識の勉強はした方が良いですね。まあ、あまり勉強しなくても良いけど。自分の身体で会得していない知識はあまり意味がない。知識を頭で整理して分かっているつもりになっている人もいます。そういう人の方が多いかも知れませんね、特に男は。
真理の会得にはその上に偶然の運が必要ですね。真理の会得には、”あっ”の感覚的閃きが必要です。”あっ”は知識の積み重ねでは出ません。工夫の積み重ねの上に偶然という幸運を得た時に生まれます。
継続と工夫の積み重ねがないと、”あっ”は無いけれど、それらを継続したからと云って、”あっ”が得られるとは限りません。それはその人の運です。








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