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滝瞑想10/28(日)

来月の10/28(日)滝瞑想にみんなで行く予定です。前回は半分ぐらいの人は地の声、天の声を聴くことが出来たのではないでしょうか?聴き方を教えます。何事もこつがあります。かつて滝行をしながら、そのこつを掴みました。で、写真の滝の傍に坐って安定打坐をします。滝のマイナス・イオンを浴びての瞑想としても気持ちいいですよ。癒されます。ここは普段、滝行に使う滝です。私が始めて滝行に参加した時もこの滝でした。そして無心を掴むために一人でここに来たものです。音をいろいろ分類して聴くにはちょうど良い滝なのです。今回は上の三峯神社には参拝に行かない予定です。出来るだけ滝瞑想に時間を使います。
やはり安定打坐は、地の声、天の声を聴くという基本形を追求しないといけない。

今週初め、レオナルド・ダ・ビンチの絵からキリスト教式霊体(キリスト教式クンバハカ?)になる方法を見つけました。滝瞑想の時にみんなに教えるかな?レオナルド・ダビンチはやはり凄いですね。絵を学者的に分析してもそんな答えは何も出てきません。形を完璧に真似ると身体の細胞が反応します。まずは何事も理屈で分析するのでなく真似ることですね。ダ・ビンチは左右が逆に見えていたと読んだことがあります。だから真似るときも左右逆に考えないといけないのがポイントですね。
これを読んでいる人は、ごく一部の人を除いて私が何を言っているのか分からない。はははは。
今年は8月に二つも悲劇(悲劇と言うより哀劇)を経験したけれど、学びも大きかった年になりそうです。富士火力演習を見に行けるという楽しいこともあったけど。
12/1,2の名古屋・犬山城勉強会は今年の集大成を伝えたいと思っています。
今回は女性と男性の割合が半々ぐらいになりそうですね。



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過去世のカルマ

中学二年の秋のある時に、あるクラスメイトの何気ない言葉によって、フラッシュ・バックのような感じで過去世のシーンが映画を見るように頭の中に一瞬に出てきた。その後、同じように未来も見えた。全部で1秒かかったかどうかぐらいの時間ですね。その時に名前に暗号が組み込まれているのを知りました。名前は生まれながら決まっているのです。親がそれを無意識にキャッチして、自分で考えたかのように赤ん坊に名前を付けるのです。
そのクラスメイトの言葉が私に過去世を思い出させるキーワードだったんですね。神様が私に気づかせるために、その友人の口を使ったのかも知れません。
高校二年の時に臨死体験をしたかどうかは記憶にないけれど、命のエネルギーがほぼゼロになった時に映像が見えた。映像の中に文字があった。自分でもビックリした。
それからそういうことに敏感になった。過去世で家族だった人に出会うと何となく分かる。女房であったり子供であったり戦友であったり。
最近はもっと細かく分かるようになった。人の過去世の状況が分かるようになって思うのは、やはり、「人を傷つけてはいけない」、「人を裏切ってはいけない」、「自分の言い訳のために嘘を言ってはいけない」、「人の悪口を言ってはいけない」、「汚い言葉を使ってはいけない」ということですね。そのように作ったカルマは必ず自分に戻ってくるということがハッキリと見える。どうしようもないことですね。
そこから思うことは、「人は助けないといけない」、「正しい誇りを持たないといけない」、「言葉は思いやりのある言葉のみ使う」ということですね。
過去世のカルマから自分に起きる運命は受け入れて立ち向かうしかない。そして今とこれからはマイナスのカルマを作らないように一瞬一瞬を心して生きるしかないですね。それが仏教の教えであり、天風教義ですね。これらは今の一瞬をどう生きるかしか教えていない。そしてすべてはその一瞬の連続だということですね。今生も、あの世も、来世もこの今の一瞬の連続であるということなんです。だから今の一瞬を正しく生きるなら、あの世も来世も何も心配する必要はない。すべては、ただの今の連続なんだから。だから今に立ち向かわないで、近未来に幸せがが棚ぼた的に降ってくることを夢見ても、来世で救われようとか、来世に幸せを期待することは不可能なんです。未来も来世も今の思考と行為の積み重ねの反応でしかない。

そして人の過去世が見えてきて(当たっているかどうかは分かりませんが)思うのは、見えてもその人が失望するような悪いことを言ってはいけないということですね。確かにその人に希望を持たせることしか言ってはいけないということです。
霊能者に観て貰ってほとんどの人は良いことしか言われていませんね。霊能者はいろんなものが見えてもクライアントに希望を持たせる5%の部分だけを言っているのです。で、人は、「私はこう言われた、あう言われた」と喜んでいる。まあ、庶民にとって過去世なんかそれで良いのですが。
そう言えば、過去世で私の親だったという感覚の人にはまだ一度も会っていないですね。「○○さんは過去世で私の父親でした」と10歳以上年上の女性に言われたことはありますが。「私は二千年前近くに、どこそこで、○○さんに殺されました!」と言われたこともあります。そうかも知れないし、そうでないかも知れません。本当のことは分かりません。霊能者にはそのように見えたという事実だけです。
名前に暗号が組み込まれているということは40代の半ばに小林正観さんのセミナーでも教わりました。








我が故郷の風景


夏の日、我が家の裏畑からの南向きの朝の風景です。私の家の門から見える景色はほぼこれですが、もっといい景色。右の屋根が我が家の北側の母屋の屋根。

村の北側に出るとこんな景色。これを見ながら毎朝自転車で通学していました。
ちなみに今まで女性を3人連れて帰ったことがあります。全部ダメになりました。
家が大きいのにビックリするのかもしれません。生活の違和感を感じるのかも知れません。でも私の村の家はみんなほぼ同じ大きさなのです。貧乏人であってもみんな最低200坪は越えるし、すべての家に藏がある。遠くから来る遍路さんも、日本中探してもこんな村はどこにも無いとしばしば言っていたそうです。まあ、昔はそういう村全体が栄えた豊かな歴史があったのですが・・・今は栄枯盛衰の衰の時代ですね。今は藪に見えるけれどかつてはすべて畑だったのです。かつての畑が今は藪や山に変化してきている。
上の写真の右上に見える赤い屋根の貸し家には外から移住してきた不思議な人たちが住んでいる。日本中や世界のあちこちを放浪して歩いて、「ここが一番良い」と住み着いている。

向精神薬の副作用と実態

http://jp.cchr.org/videos/marketing-of-madness/what-psychotropics-really-do.html

http://jp.cchr.org/videos/psychiatry-an-industry-of-death-1.html

http://jp.cchr.org/videos/psychiatry-an-industry-of-death/psychiatry-hidden-influence.html

http://jp.cchr.org/videos/psychiatry-an-industry-of-death/inventing-mental-illness.html
心の病は自らの決心と覚悟で治すしか無いのだけれど、自分は○○に深く愛されている、または、愛されていたという事実の認識という土台が必要ですね。
また人との比較の世界から離れるのも必要ですね。兄弟・姉妹や他人との学歴、職業、金銭的、名誉的成功などの比較の意識が強いと心の病になりやすいですね。比較意識から離れるのも無条件の愛が必要だと私は見ています。自分はあるがままで一番愛されているという自信から比較の世界から離れることが出来る。
しかし、「天は自ら助く者を助く」という真理が基本ですね。「自己を作るものは自己である」というのも同じですね。「自ら育つ力」も同じですね。


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