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刺青

「刺青-違法-アウトロー-やくざ」というように我々日本人は社会常識として擦り込まれています。というかそのように洗脳されています。刺青は気持ち悪い、怖い、近づきたくないというように。現代においてはそういう面はありますが・・・。江戸時代は違っていたようです。
幕末から明治にかけて日本の浮世絵がヨーロッパの美術文化に大きな影響を及ぼしたことは誰でも知っています。歴史の本を読んでいると実は刺青もそうなんだそうです。幕末から大正初期にかけてヨーロッパ各国の王室の王子、皇太子が日本に次々にやってきて刺青を入れたと。日本の刺青は彼らの憧れだったのです。船員としてまたは軍人として旅行者として外交官として日本にやってきたアメリカの若者の5人の内4人は日本で刺青を入れたと。イギリス王室の王子も5人やって来て4人入れたと。一人は入れたかったが日本政府の反対でやむなく入れなかっただけとのこと。第一次世界大戦の原因となったハンガリー王国の皇太子が撃たれた場所は日本で彫った刺青のヘビの頭の部分だったと。チャーチルもスターリンもルーズベルトも日本式の刺青を入れていたと。明治にヨーロッパの王室の王子達が次々に来日していたという事実は我々日本人は知らない。津田巡査に斬りつけられたロシアのニコライ二世もその何日か前に長崎で刺青を入れたとあります。
今、香港では足首や腕だけでなく日本のやくざが入れるような刺青がファッションとして流行っているそうですが、世界のタツー(刺青)文化の出発点は江戸時代の日本の刺青文化を出発点にしていることになる。
そんな歴史、我々日本人はまったく教えられていない。文化的先進国の人間が後進国の後進的文化を好んで取り入れるでしょうか?製鉄、造船、大砲などの鋼鉄産業を別にして幕末、明治の日本は文化先進国として欧米から実は憧れの的として認識されていたと言うことになりますね。
日本のマンガ、アニメが世界を席巻して世界の若者の憧れになり、行きたい国のトップに日本がなっているけれど、それは初めてのことではないのです。日本とは元々そういう国なのです。記録として残っている歴史から見ると中国の始皇帝の時代の徐福伝説からそうなんです。彼らは日本支配を目指したのでなく憧れで日本を目指したのです。そうでなければ天平時代の鑑真の度重なる失敗にもかかわらず日本を目指した理由が考えられない。
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内なる声

いろいろ高校時代のことを考えていたら、A、B、C、Dも「みんなおまえが悪い」という内なる声が聞こえてきた。「えー!高校時代、デートしたことも手を握ったこともないのに・・・。俺は片隅に存在していただけだ。」と自分で応える。
「心のつまみ食いだ」という声が聞こえた。
「自分は何も人に影響を及ぼすほど女性にもてないからと考えても人の人生に影響を及ぼしている」と。「まさか?・・・」うーん。しかし考えてみると、そういうつまみ食いの癖はうん百年前にあったような?気がする。
「女性に持てる要素がないと考えるにもかかわらず、今生では心のつまみ食いという癖として、またそれは形を変えて食べ物の嗜好癖としても残っている。みんな同じだ」という声が聞こえる。心のつまみ食いと臆病さ。
そういえば何かを食べるときに、たとえ少しでも種類の違ったものを食べないと気が済まないというのはそういうことか?
そんなアホな!関係ない、関係ない、そんなの自意識過剰な妄想、妄想。
ちなみに昔から私とデートした女性は1年後結婚(主に見合い結婚)するジンクスがあった。Dも私と京都でデートした1年後見合い結婚した。まあ、もちろん最近はそんなジンクスが当たる歳ではないが。
そうだな~、人には、「何もしていない」という罪もあるかもな~?そういう意味では私は有罪だな。映画パピオンの冒頭にそんなシーンがあったな。

弘前

この4月29,30、5月1日、また弘前のサクラを見に行くぞー!津軽三味線の店の後にまた津軽弁シャンソンの店にも行くぞー!腐らない奇跡のリンゴのリンゴ畑も見学に行くぞー!行く人、手を挙げろー!

長生き

人は健康と長生きを望む。私は長生きはしないだろう。独身だからね。100歳まで生きて友達や同級生の誰もいない世界。同じ共通体験をしてきた話し相手はいない。それは寂しいかも?
「私は長生きしたい」と言う人に私は言う。「健康で千年生きたら幸せだと思う?」と。家族や知り合いは自分を残してどんどん死んでいく。戦争や飢餓や天災で死ぬ人を次々に見ていく。平和で幸せな年数より悲劇を見る年数の方が多い。そして当然戦争の悲劇や天災の悲劇や飢餓を体験するが死ねない。そんな千年を生きたいですか?
「いいえ、そんなには」と人は答える。それでは500年?200年?100年?と短くなっていく。100年近くは生きてみたい言う。「でも100年だと同年代の知り合いは99%死んでいるよ。」と私が言う。まあ、80年から90年、ちょうど良い年数かもね~?すべてはちょうど良いようになっている。では80年としたら10年短い70歳は?10年なんか、あっという間だよと。「いや~、もっと生きたい」と。「その10年にそんなに意味がある?どうせまた生まれ変わるのだから。早く死んだ方が早く生まれ変わることになるよ」と私は言う。「いや~、でも~、やはり、100歳近くまでは~生きたい」と女性は欲を言う。「私は早く死にたい」と口では言う女性もいるけど、そう言いながら年取らないで200年は生きるようなつもりで毎日を生きている。

還暦

確かに60歳、還暦は、人生ご破算さんに願いましてはという部分が結構あるのかも?女性はどうでしょう?多くの女性にとって寝たっきりの親の面倒を見る年齢ではあるな。現実の対処に一生懸命で考える時間が無いという歳かも知れない。女性の場合のターニング・ポイントは50歳のような気がする。その次は70歳か?多くの男が黄泉の国に旅立ってまわりに女ばかりの世界が始まり出す。そこに新たな自由を見つける人もいるだろう。「こんな自由な世界があったのか!」という開放感は亭主達が亡くなって1年経ってから感じる世界?男達はあの世で自由を味わい、女はこの世で自由を味わうのかも?まあ、あの世で反省と後悔に浸かる男もいるだろう。そしてその時、女は、「亭主よ、死んでくれてありがとう」と反省はないかも?
ちなみに小学校の同窓会が10年先にまたあるとして、そこに私がいる自信はないね。いるかも知れないし、いないかも知れない。これから一人欠け二人欠けしていく。


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