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まさか!?!

こんなニュースがありました。
『10キロ圏内、遺体収容できず=福島第1原発、放射線量高く―警察庁
2011年3月28日(月)23時27分配信 時事通信 
 警察庁は28日、東京電力福島第1原発の半径10キロ圏内の福島県大熊町で見つかった男性の遺体収容を断念したと明らかにした。遺体から検出された放射線量が高く、搬送できないと判断した。圏内には他にも収容されていない遺体が残されている可能性があり、同庁は「対応策を検討したい」としている。
 同庁によると、遺体は27日午前、通報を受けた福島県警の機動隊員らが、同原発から5~6キロ離れた屋外にある作業所敷地で発見した。
 遺体表面から全身除染が必要とされる「10万CPM(1分間当たりの放射線検出回数)以上」の放射線量を計測。搬送者が放射線を浴びる恐れがあるほか、搬送先にも広がる可能性があることなどから、収容を断念した。遺体は、収納袋に入れて近くの建物の中に一時的に安置したという。』
まさか!原発で被爆して死んだ作業員を東電が処置に困って捨てた?
私にはそれ以外考えられない。このニュースが大きく取り上げられないでいつの間にか消えたらそれは原発利権政治家と東電が警察に圧力を加えてもみ消したと考えるべきだ。これは大変な事です。その場所の放射線が強ければ死体だけでなくその地域一帯が猛烈な放射能を浴びていることになる。そこを機動隊員がガイガー・カウンターを持って入ったということは場所的にはそれほど放射能に汚染されていないということになる。死んでいた人は原発のどこかで非常に強い放射能を浴びていたことになる。その死体を運ぶ人も放射能が怖くてパッと捨てて急いで逃げ帰ったとしか考えられない。きっと大きな事件に取り上げられずにニュースからいつの間にか消えていくのだろう。
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日本維新

私はこれから日本維新が始まると書きましたが、アメリカの日本研究家によって同じようなことが発表されました。
【日本の文化や社会を専門とするジョージタウン大学のケビン・ドーク教授は「日本国民が自制や自己犠牲の精神で震災に対応した様子は広い意味での日本の文化を痛感させた。日本の文化や伝統も米軍の占領政策などによりかなり変えられたのではないかと思いがちだったが、文化の核の部分は決して変わらないのだと今回、思わされた」と述べた。
 同教授はまた「近年の日本は若者の引きこもりなど、後ろ向きの傾向が表面に出ていたが、震災への対応で示された団結などは、本来の日本文化に基づいた新しい目的意識を持つ日本の登場さえ予測させる」とも論評した。】

原因

菅総理が原発を視察したことが事故対処の遅れを導いたというニュースがあります。それはそうかも知れないし、東電側が責任逃れのためにわざと流した創作かも知れません。両方の可能性を考える必要がある。少なくともどちらかでしょうね。

危険性警告

福島原発の地震や津波などに対する危険性を警告した文章はいろいろあったようですが、警告した内容は結果としてほとんど当たったことになります。政府、原子力保安委院、東電などはすべてそれらの警告を笑いぐさとして無視してきました。こういうことに関しては結果がでれば結果がすべてです。警告は正しかったのです。警告を無視してきた東電や原子力関係の技術者、経営者は万死に値する。
そして今回の原発事故は世界のテロリストに非常に大きなヒントを与えたことになる。「な~んだ、原発って、本体を攻撃しないでも周りの電気系統を破壊すれば原子炉は自ずと破壊される」とね。私は原子力発電所は1トン爆弾の直撃に耐えられるように作られていると思っていました。

伝説

今、日本は千年続く伝説を作っている。日本人庶民の素晴らしさ、自衛隊、消防隊、原発現場作業員の自己主張しない犠牲的仕事ぶりは千年世界で語り継がれる伝説になるでしょう。そして東電の危機管理意識と体制の無さ、初期決断のミスがどれほどの犠牲をもたらすかということも千年語り継がれるでしょう。日本は今、これら二つの伝説を同時に作っているのです。我々国民一人一人が、これらによりこれからどう変わっていくか、どう変えていくかもまた伝説になるでしょう。
我々日本人一人一人に人類の未来から、そして未来の日本人から問われているのです。伝説の中の一人に参加しますか?伝説の傍観者になりますか?ですね。
明治維新でなく、平成維新でもなく、日本維新なのです。戦後66年、アメリカン・サクセス・ストーリを理想として日本人はアメリカの後を追ってきました。それが壊れたのです。日本が日本に帰る歴史の転換期に無知でいるか、意識変化に自ら参加するか、一人一人の問題ですね。


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