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人権と知る権利

ちょっと誤解を受けるかも知れないけれど、いつの間に「人権」とか「知る権利」というものが出来たのだろう?これら二つは当たり前の権利として取り上げられているが、少なくとも日本人は戦いによって自らこれらを獲得していない。人権や知る権利を獲得するために戦いもデモも選挙による権利獲得もしていない。知る権利なんて本当にあるのだろうか?国民主権国家の納税者の権利として税金がどのように使われているかを知る権利はあるような気がするが、政治家や芸能人のプライバシーについて知る権利なんか無いと思うのだけれど。人を殺した人間にも人権があるとしばしば言われているけれど、人の人権を否定した人に人権はあるというのはいつの間にそんな理屈が生まれたのだろう?人の権利を大切にするから自分の権利も大切にされる。人を否定すれば自分も否定されるというほうが論理的だと思うのだけれど。もちろん人を殺したかどうか分からない人には当然人権はあるだろうけど。
人権も知る権利もいつの間にか公理のごとく日本人は当たり前のように考えているが、戦いによって獲得した法律ならそれらの権利はあるが、自らの力によって獲得していないのにあるというのは不思議だ。世の中、当たり前のものというものは存在しない。毎日ステーキを食べる権利があるからと、働かないで無銭飲食しているようなものだ。義務と権利は対のような気がするのだけれど。
「憲法を守れ!」と社会主義者は言いながらその憲法を与えてくれたアメリカを否定するのはどういう理屈なのだろう?憲法を肯定するならアメリカも肯定するべきではないのか、アメリカを否定するなら自主憲法を制定しろと言うべきではないのだろうか?平和憲法というのなら自主制定によるさらなる平和憲法を考え出そうとする思考になるべきではないのだろうか?どうも私にはそういう基本的なところが分からない。ちなみに憲法の落とし穴をひとつ。憲法には憲法改正の条件が書かれています。改正には国民の過半数と国会議員の2/3以上の同意が必要です。はてはて何が落とし穴か?憲法破棄については何も条件が書かれていない。新憲法制定には現憲法を破棄すれば簡単なのです。まあ、これは一種のクーデターですけどその内容に世論が納得すれば平和的クーデターというのも理論上はあり得る。まあ歴史にそんな事例は無いかも知れないけれど。事例のないことは出来ないという見方と事例に無いから出来るという見方と両方ある。
ちなみに憲法破棄、新憲法制定の動きがあるとどうなるか?その内容次第では、国連軍すなわちアメリカ軍が日本即再占領となる。なぜなら日本は国連の敵国という条項はまだ生きているので国連決議無くしてアメリカは日本再占領可能の状態が国連の法律によって維持されているのです。そのために日本の横須賀にはまだ国連軍連絡事務所があるのです。いざとなったら日本は30分でアメリカ軍(国連軍)の占領下に入ることになっている。そのために東京の近くに大きなアメリカ軍基地がたくさんある。そういうことをほとんどの日本人は知らないでいる。アメリカを含めて国連常任理事国のどの国もその日本敵国条項をはずすつもりは無いのです。場合によれば中国が国連軍の旗をなびかせて入ってくる可能性だって理論上はある。日本の平和は綱渡りの上に成り立っているのです。日本国の独立は、現状仮出所ならぬ仮独立みたいなものなのですよ。戦争に負けるというのはそういうことなんです。次の戦争に勝つまで戦勝国の保護国の立場を甘んじなければならない。ドイツはまだ第一次世界大戦の賠償金を払い続けているのをほとんどの日本人は知らない。第二次大戦の賠償金ではないですよ。第一次大戦の賠償金ですよ。
だから日本人の知る権利を主張するという欲望は重箱の隅を顕微鏡で拡大して見るようなゴシップを知る権利ですね。政治家のゴシップ、芸能人のゴシップ、犯罪者のゴシップを知りたいだけ。だから日本人の知る権利を主張するマスコミなんて本質や大元に興味を持たない次元の低いもの。とは言いつつも世界の国の中では日本は良い国の内に入る。日本の社会主義者が主張する人権は社会主義国には存在しない。これも大きな矛盾だよなぁ~。
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人生part2

まあ、大雑把に言って、生き抜けば人生60点合格、人に悪さしなければ70点合格、自分と他人に正直に生きれば80点合格、魂の声に従って生きれば90点合格。こんな感じでしょうか?それでは100点は何?そんなの私には分からない。
この中で一番の障害は、自分に正直に生きるという自分が分からないことですね。正直とは好き嫌いのままに生きるということではないですから。

人生

人にはそれぞれの役割がある。ただ生きれば人生合格の人もいる。ただ生きるだけでは人生不合格の人もいる。何も知らないで毎日楽しく生きている人は幸せだ。
私の場合は、まだ何もしていないことにそろそろ焦り始めてきた。私はまだ何もしていない。人は生まれながら背負っているものが違う。だから誰が良いとか悪いとか羨ましいということではない。人それぞれ背負っているものを追求すればよいのだ。
生まれる前の人生計画プログラムを忘れ、生まれて肉体を持ってしまえば自分の安全と目の前の楽しさから離れならないという人も多い。それがDNAのなせる技なんだよね、きっと。DNAの欲求に従って生きるか、魂の声に従って生きるか、それはそれぞれの判断だ。それは善し悪しの問題でなく、レベルの問題だ。
それにしても昼間からコミュニティ・ホール(公民館)でカラオケ大会をしているおばさん達は日本だけだろうなぁ~?日本は本当に平和で幸せな国だ。そんなことをおばさん達に言うと、「夜は亭主や子供の夕食の準備や面倒でストレスが溜まるのよ!」と答えが返ってくるのだろうけど、ストレスが溜まるという発想自体それもまた幸せで平和の内ですね。悩んでいられる人は幸せだ。悩んでいられるのだから。悩んでいる暇がないのが世界の大勢ですね。

茜色の雲

「茜色の雲」を読み上げた。辻井喬がなぜこれを書いたのだろう?政治家の名前はすべて実名で書かれている。小説なのに実名で書くというのはかなりの覚悟で書いているのだろうと思う。まるで大平正芳の伝記に自分自身を重ね合わせた遺言のような作品にも感じる。権謀術数の政治家になれなかった大平正芳を利益万能主義経営者になれなかった自分を重ねているのかも知れない。
これを読むと自民党崩壊は必然のような気がするし、もう一度分解して新しい政党ができることを期待するような感想を読者に抱かせる。この伝記小説によって福田赳夫の国民からの評判はさらに落ちることになるだろう。この本に書かれている関係者はほぼ亡くなっているので書けたのだろうと思う。

天皇と皇族

天皇と皇族というのは不思議な存在だ。名字がない、市民権がない、当然選挙権もない、住民票がない、戸籍がない。それはすなわち日本人でないということになる。で、皇族を辞めるときには戸籍を作ることになる。他の国の王族はどうなっているのだろう?天皇の出自は諸説ある。概ね朝鮮半島から渡来したという説がここ10年か20年の主流になっている。朝鮮でも百済説と高句麗説がある。百済や新羅も高句麗から出た部族長が南下して作ったという説もある。天皇は秦の始皇帝の流れをくむ当時在朝鮮の秦の出先機関(朝鮮管理のための)の一族という説もある。どちらにしても世界で唯一で最も長い歴史を持つ出生不明の不思議な王族ではある。それは天皇家の中でははっきりしているのかも知れないが日本国民に知らせてはならないトップ・シークレットになっているのかも?まあ、どちらにしても現在は日本国の象徴になっているのは間違いがない。


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