大阪生まれ育ちの私の従兄弟は大坂から日本海経由北海道行き航路のフェリーの乗組員をしている。もう航海長ぐらいになっているのかな?
彼は小学生の頃に、「大人になったら関西汽船の船員になる。」言っていたそうだ。関西汽船は今は倒産して存在しないので、海の大学を出てフェリー会社に就職した。大阪で生まれ育って船員になりたいというのは育ちじゃないと思うな。血の記憶だよね。祖先の心を天から受け継いでいるのだろう?
彼の祖先(私の母方筋)はほとんど同じ航路での北前船を運航していた。彼は祖先の走っていた航路の上を走っている。一族で唯一船乗りになっている。私も子供の頃、病弱だったけれどどんなに揺れても船酔いしない自信はあった。
まあ私だけでなく私の周り(村)で船酔いしたなんて話は聞いたことが無い。
まあ、私の村はほとんど村ごとで昔、北前船をやっていたんだけど。農作地がほとんど無かったのでそういう選択しかなかったのだろう。島は農作地が無いので何かをして稼がないといけない。大工の集団として出稼ぎに行っていた島もある。石工の集団として出稼ぎに行っていた島もある。国会議事堂や日本橋も瀬戸内海の豊島(てしま)のそういう石工たちによって明治に出来た。江戸時代の日本はお伊勢参りも含めて娯楽や仕事で結構自由に動けていたんだよね。
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