私がいつも言っている「悟った人の言葉は悟っていない人を通しては学べない」という現実に気付かないで、とりあえず先生と呼ばれる人の言葉だけしか受け入れない人が結構いるものです。それは昔から多くの人の常であり、人は自分の知識と経験の範囲内でしかものを考えられないので仕方ないですが。
「本当に神を信じている人は世界でも少ない。神は存在すると人から教わったことを信じているだけ。すなわち神は存在すると教えてくれた人を信じているのです。それは神を信じているのでなく人から洗脳されているのです」と私は言っています。本当に神や宇宙霊というものを信じれば宗教や宗派を肯定しながら、なおかつそれらから自由になるのです。自分が学んでいるものと他の教えの優劣を比較したり他者を否定するというのは真理とは真反対の心なんです。「こだわらない、とらわれない、執着しない」というのは、他宗教や他の人の教えにたいしても、こだわらない、とらわれない、執着しない心で受け入れとりあえず聞いてみるということです。大事なのは、自分の感覚で試してみて自分の感覚での理解なんです。心が自由でないと真理の会得が出来ないし、身体の自由の感覚が無いと本当のクンバハカにはならないのです。自由とはどこにも力が入っていない状態ですね。力が入っていないと言うことは次の瞬間、自由自在に動けることなんですね。それは心も体も同じ。
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