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放射能

今、日本ではいろんな農産物や土地の放射能を測定してマスコミでいろいろ発表されているけど、どうもおかしいな~。放射能を測定することは正しいことだけれど、本当に福島原発事故によるもののみなのだろうか?
もっと以前から原発から放射能が時々放出されていたのではないかと私は疑う。そういう意味では放射能は、ある程度以上でなければ知らなければ安全なんですよね。知ると心配性になって危険になる。医者に行って定期検査でガンが見つかると、おろおろして急速に進展して死に至るのと同じですね。小さなガンは知らなければ治っていたかも知れないのに。知ったために大きくなるということはありますね。ガンは心配や怒り、不安などのストレスが作るものだから。
床下に高放射能物質が長年に渡って存在していたのに、その住民は90歳まで問題なく生きたのだから。
但し何度も言っているように放射能でもプルトニュームは別ですよ。これは危険です。
とにかくマスコミが一斉に同じことを言っている時は裏があると考えて間違いがない。またひとつのテレビ局が何かのキャンペーンを張って同じ情報を何度も流した時も疑わなくてはならない。かつて日本テレビと読売新聞が原発安全キャンペーンを張って、日本人は原発は安全でなおかつ石油のない日本には必要だと受け入れるようになったのだから。そして日本テレビ創設者、正力松太郎が大臣になって原発建設推進したのだから。それを受け継いだのが中曽根康弘です。そして正力松太郎はアメリカCIAのエージェントだったと本には書かれています。

私も昔から原発反対派ですが、別な考え方をする能力も必要です。
今回の震災でダメになった原子炉はアメリカGEの設計製作によるもので、GEの設計者もこの原発は地震に対して危険だともともと言っていたが政治家や経営者がそれを無視して利権のために建設したものだった。そしてそれに原発設計者は怒ってGEを辞めた。何度もこの原発の危険性が指摘されていたのにもかかわらず何も手を打ってこなかった東電に責任があるのであって、最近の原発自体には問題が無い。
それに新しい設計に基づく福島第二原発は事故を起こさなかった。すなわち安全設計に基づく原発は今回のような大震災でも問題が無かった。まあ、別に新潟地震で柏崎原発が止まったのは地震安全対策が不十分だったと言えるが。地震や津波に充分対策を打った原発なら大丈夫という考え方も成り立つ。
しかし今、マスコミでそんなことを言うと袋だたきに遭うことになるのでコメンテーターや評論家は誰も言わない。「放射能汚染でたくさんの被害が出ている状況で人の心を無視した非常識な意見だ!」と感情論で叩かれることになる。日本の場合は、まず感情有りきなんですよね。中国やアメリカの場合は、まず欲有りきなんですね。
たとえば原発を建設する場合に、日本の場合は、感情をなだめてから欲で釣る、そして原発は安全で日本に必要なものだと理屈で納得させるという段階を踏むのかも知れませんね~?中国の場合は、一部の人間を大金で釣り、他の多数の人間は強制排除かも~?





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風邪

先金曜の昼に風邪を引いて、金曜の夕方から日曜の朝までほとんど寝た。いつも朝風呂に入るので風呂から上がって窓を開けた状態でTシャツで昼までいたら、少し寒気がするなと思っているうちにあれよあれよと言う間に悪化していった。
一年に二度風邪を引いたのは35年ぶりぐらいかも?今年からどうも治りが遅くなっている。のど(扁桃腺)をやられると遅くなるようだ。抵抗力が落ちているのだろう。年齢のせいか、修行不足か、まあ、両方だな。小さい時から風邪を引きやすい、下痢をしやすいひ弱な体質だったから、年齢的に体力が弱ってくると子供の時の体質に戻りつつあるのだろうか?鍛えないといけないな。
人の生きる目的は、変わることだから。
まあ、それにしてもとんどの人は変わることが出来ないまま、自分が正しいと思ったまま死んでいくようだ。せっかく生まれて肉体を持って生きているのだから、こだわりを放して変わらないとせっかくの人生が勿体ない。
肉体を持って生きている時が一番変わりやすいのです(魂の進化のために自分を変えること)。肉体が無くなればなかなか変われない。自分を変えれない一番の障壁は自分の過去の体験ですね。過去の体験によって持った感覚、感情からいくら歳を取っても離れることが出来ない。
心配性の人はいくら人から大丈夫だと言われても心配性は変わらない。嫉妬症の人は、ちょっとしたことで妄想をふくらまして嫉妬性の性格は変わらない。
日本は今、マスコミの放射能心配キャンペーンに踊らされて一億総心配性になっている。亭主は勉強していないから女房の心配性を打ち消すことが出来ない。女房は安全だという情報には耳をふさぎ、危険だという世評のみにのめり込んでいく。できたら同じように日本という国の平和と安全に敏感になって貰いたいものだ。それは平和呆け、安全呆けなんだよな~。
白砂糖や精製塩の危険性がいろんなところで言われているのに、そういうことにはほとんどの人は無関心なんだよな~。農薬や添加物も国が許可しているものだから安全なのよと信じて気にしない。だったら放射能も気にするなよと言いたい(原発の近くは別)。
話がそれた。変わるための難しさが修行なんですよね。簡単だと修行にならない。そしてそれは人それぞれ自分自身の問題だから他人が導くことは出来ない。変わることの出来ないでいるたくさんの人を見ながら私はいつも悲しみを感じている。でも同時に、50歳を過ぎた人には、「勝手にすれば」とか「自分の思うとおり生きてみれば」としか言いようがない。子供や若い人は変わることは出来やすいので正しい教育が大事ですね。若いときに正師から直接学ぶということが何千年の基本ですね。本やインターネットからの情報では人間としての感化を受けないから。知識だけでは何も変わらない。頭でっかちになるだけ。
ちなみに今生はこれで終わっても良い。来世で新しく生き直すという発想をする人がいるが、そういうことは無いですね。今が変わらなければ来世も変わらないのです。
すべては今の連続なのです。今、苦しいと思っている人は来世も苦しい状態が続くのです。今、楽しいに変われば、来世も楽しいに繋がるのです。「今」が変わらなければ明日も来世も変わらない。
この世も、あの世も、来世も、「今」の連続なのですから。だから自殺は良くないのです。あの世に行って、もう一度この世に生まれたら、「過去はご破算に願いまして」となると思っている人が多い。ならないのです。生きているときにご破算にしないといけないのです。


真理の会得

真理の会得には、帰納法、演えき法という二つの方法があります。どっちが何で、どっちがあっちか分かりませんが、まず定理を理解して方程式を理解して具体的な問題を解いていく方法と、具体的な問題をたくさん覚えて、覚えた知識の集合によって方程式を理解し、そして最後に定理の理解という道があります。
私の場合は、具体的な問題と解き方を練習して定理を理解する方法は昔からまったく出来ません。まず定理を理解すれば方程式は覚えなくても自分で作れる。そしてそれに従って問題を解いていくという方法ですね。
多くの人はひとつひとつ例題の解き方を覚えて問題をそれに当てはめようとする。
天風会や各宗教においても真理の会得方法はこの2種類の道があります。
「我舌に悪を語らせまい」とたとえば方程式があります。これは定理ではありません。定理は、因果応報、すなわち因果律ですね。みんなそれを聞いて当然だと思います。「マイナス思考をしてはいけない。人の悪口は言ってはいけない」と理屈(方程式)としてそれを理解します。でも現実は簡単にはいきません。「あの人はどうだ、この人はあうなのよ」と語り合います。そして悪口を言っているつもりはありません。「これは悪口じゃないわよ!」と反論します。

「積善の家に余慶あり」ということわざがあります。陰徳を積んだ家には予想外の幸運が舞い込んでくるという意味ですが、私はこの善は、困った人を助けるという行為だけでなく、言葉も含まれるということに気がつきました。
「人の悪口を言うのが、女のストレスの解消なのよ!」と言う人もいます。そういう面はあるのでしょう。電車の中でも喫茶店でも、「あの人はあうなのよ、こうなのよ」という話が常にあちこちから聞こえてきます。
運が良い家というのは、その家の母親が代々、人の悪口を言わないで来た家ではないかと仮説を立てました。母親が言わなければ子供は言わなくなります。男は概ね、人の悪口を言っている暇はないので、家の中で沈黙しています。
そう言うと、「男だって、人の悪口を言う人はたくさんいるわよ!たくさん会社の上司の悪口を言っているじゃないっ!」と反論する人も出てきますが。まあ、そういう面もありますが、会社の上司の悪口を陰でいつも言う人は出世しないと思います。そういう人には余慶が入って来ないのでしょう。そして親の使う言葉が子供の運気に影響するのです。自分自身の問題でなく家族の運に繋がるのです。

私が言いたいことは、子供の運を良くしようと思ったら母親が人の悪口を言わないことです。(亭主が人の悪口を言わないのが前提ですが。)
運というものは一本の理由によるものでなく、様々な糸が絡まってひとつの現象が生まれているのでしょう。だから吉兆を持たらすのは言葉だけではありませんが、しかし言葉はひとつの大事な要素なのです。日向ぼっこ村では、「誰がどうした、こうした」という人の話はほとんどしませんが、天風会が伸びきれないのはそういうことも原因しているのかも知れませんね。それに天風会が説いているのは方程式であって、個々の問題の解説が少ないと言うことですね。体験発表なんかは個々の事例にはなるのですが。





謎の石積みモニュメント

bagoda.jpg小豆島の頂上にある謎の石積みモニュメント。
不思議なんですよね~、これ。
誰も調査していない。いつからあるかも分からない。
謎の母と子が二人で作ったという説もあるらしいけど、それは無理な話。なにかの結界に関係するのだろうな~、という憶測は可能ですね。日本・古代のミステリー・パワースポットという雑誌特集号にも紹介されていた。
それにしても毎年、数々の台風の風や冬の北風を受けながらも崩れないで、よく持っているな~。











 

どうでもいい話し

神社や遺跡の経度、緯度のこだわりについて読んだので、ついでに私の田舎の家の緯度を調べてみた。真東の延長線上に伊勢神宮の内宮があった。ドン!ピシャリ!朝、真東に拝めば伊勢神宮を拝むことになるな。
でもそれは偶然だな。小豆島の神社の多くが東西に一直線になるらしいけど、東西に一直線になるのは奈良の神社や遺跡の多くも同じラインに並ぶようだが、東西に並べるというのはどうも法則のようだ。ある神社を基点にして南北にも一直線に並べる。小豆島の緯度がほぼ伊勢や対馬と同じなので、小豆島の多くの場所が、内宮の延長線上であったり、外宮の線上であったり、月読神社の線上であったりするわけになる。すなわちそれは偶然の賜と言える。









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