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今時の若い女性

昨日土曜午前、武蔵浦和のドトール(コーヒーショップ)で英語の勉強を兼ねて昼食?朝食?のために入った。従業員が二人しかいなくて忙しくばたばたしていた。洗われていないコップも皿も棚に一杯になっていた。私が頼んだセットも15分以上待たされた。待たされたと言うより忘れられていた。従業員の誰かがどた休みか遅刻でもしているのだろうかと英語の辞書を引き引きながら観察していた。一人の若い女性が私服のまま溜まっていたコップや皿を整理し始めた。この女性が大きく遅刻してきたためにこんな混乱になったのだろうと批判的に見ていたが、しばらく観察しているとどうも違うようだった。非番のアルバイトがたまたま立ち寄ったら人手が足りなくて大変な様子なので臨時に手伝い始めたようだった。これからデートだったのかも知れないけれど、「いいの、いいの、大丈夫、大丈夫」と何度も言ってユニフォームに着替えて正式に仕事を始めた。
そこで働いているのは、すべてアルバイトのようで正式な店長はいない様子だった。
そしてその3人の働き具合を見ていると誰の指示でもなく、混乱した忙しさの中で誰も嫌な顔もせず、一人一人が自主的に自分の判断で自分の役割を果たしているように見えた。
「ふ~ん、今の若い女性は立派だな。まるでなでしこジャパンのようなチーム・ワークみたいだ。男ならこうはならないな。」と感心しながら観察を続けた。男の場合なら、軍隊的に誰かの指示があって、ちょっと嫌な顔をして「面倒だな~」と思いながら動くが、若い彼女たちは人手不足の忙しさの中で、誰も嫌な顔をしていなかった。いや~、本当に日本の女性は素晴らしいと感心した。もちろんドトールの教育やアルバイトの採用選別が素晴らしいという面はあるのだろうけど、それを割り引いても素晴らしい。
外国ではこうはならないだろうな。それからまた若い女性が一人加わって4人で仕事をこなし始めた。ちょっと、おじさんとしては彼女たちの仕事っぷりに負けたな。脱帽でした。「日本は素晴らしい!おじさんおばさん達が日本の未来を心配する以上に日本の未来は大丈夫だ。日本は女性で持つ。」と思いながらその店を出た。
そして電車に乗ったら、若い父親が2歳児ぐらいを背負っている背負い方を見て日本の将来が心配になってきた。
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良い映画かも?「ヒマラヤ 運命の山」

http://www.himalaya-unmei.com/

 

(サンケイインターネットニュースより抜粋)
 世界的登山家、ラインホルト・メスナー氏(66)の人生を変えた1970年のナンガ・パルバート登攀(とうはん)を、メスナー氏自身の原作を元に再現した映画「ヒマラヤ 運命の山」が公開される。下山中に弟を亡くし、その後の長い裁判を戦ったメスナー氏は「どんな悲惨なことがあっても人は立ち上がれる。そんなポジティブなメッセージを伝えたかった」と熱く語る。

 ■自然は怖いが悪意はない

 イタリア・南チロルに生まれた仲の良い兄弟、ラインホルトと弟のギュンター。山に登るのが大好きな2人は、登山家・ヘルリコッファーの遠征隊メンバーとして、念願のヒマラヤ、ナンガ・パルバート(8125メートル)に挑む。

 隊員それぞれの思惑に隊が分裂していくなか、兄弟はついに初登攀に成功する。だが、下山途中にギュンターは雪崩に巻き込まれ行方知れずに。死線をさまよった末、たったひとり下山したラインホルトは、弟の死の責任を糾弾される。

 「隊は私たちを捜索してくれなかった。生還は無理と考えていただろうから当然です。しかし、隊長(ヘルリコッファー氏)がそれに言い訳をしたことで、対立が深まった」とメスナー氏は当時を淡々と振り返る。

 それでも、メスナー氏は登ることをやめなかった。「登山をやめても、弟は生き返らない。自然は怖いが、(人間に)悪意を持っているわけではない」と考えたからだ。

 映画は原作に忠実につくられた。撮影には高地医学の専門医も同行。標高4500メートル地点に撮影用ベースキャンプも設営された。メスナー氏は俳優と語り合い、撮影場所も選定した。

 ■失敗から学び自分を強くする

“運命の山”への挑戦は、メスナー氏のその後の登山スタイルを一変させる。大規模な遠征隊を組み、国の威信をかけて登攀をめざすのが当然とされていたなかで、最小限の装備で酸素ボンベも持たず、たったひとりで高峰に登る“メスナー流”は、世界中の登山家に大きな影響を与えた。

「山は山であり、山でしかない。山を理想化したり、矮小(わいしょう)化したりするのは間違いだ。そこは感情が持ち込まれる場所ではない」

長年、自然と対峙(たいじ)し続けてきたからこそ、大災害に見舞われた日本へのまなざしは鋭い。

「自然は失敗をしない。失敗するのはいつも人間です」

だが、こうも続ける。
「失敗から学び、自分の力を強くすることで、私は夢を実現してきました」

 メスナー兄弟の初登攀から40年。ナンガ・パルバートは今日も険しく立ちはだかる。その威容に挑む登山者は絶えることがない。

 8月6日から東京・シネ・リーブル池袋ほかで公開。

天の声2

音の無い静かな部屋で絵を描いたり、本を読んだりしていて、集中(一心)からふっと意識を放して無心になったときに、また静かな森の中を歩いているときに、”シーン”という音が聞こえてくる。それが天の声なのだが、それは多くの人が経験している。それ自体は何も特別なことでは無い。
そのシーンという音を、日常生活の音の中で、また滝の音のそばで自在に聞けるようになることが修行なんですね。周りの音がどうあろうと自分の心の中が静寂である時、なおかつエネルギー・レベルが高いときに自在に聞こえるのでしょう。まずは安定打坐の中で、環境に関係なく、自ら聴けるようになることなんですね。心が自分を放し心が静寂でないと聞こえてこないのだら、安定打坐の深さのレベルの目安になる。

嘘みたいな話し

今日昼過ぎ、自転車で駅に向かった。途中、雨がパラパラ降り出してきた。
「変だな~?まだ駅までの途中なのに雨が降ってきた。」 折りたたみ傘はリュックに入れているけど取り出してさすのは面倒だ。さて、私はどうしたか?
天に向かって右手を伸ばし手のひらを広げ、「雨よ~!やめっ!」と気を送った。
そしたら、なんと!その瞬間、雨が止んだ。まさか!冗談でしょ!嘘でしょ!本当にそうなるとは思わなかった。それから一滴も雨が身体に当たっていない。
駅について駅ビルの中でランチを食べ始めたら外は雨になっていた。電車に乗ったら土砂降りになってきた。
客先へ向かう駅で降りたら、その直前まで雨が降っていたのに、これから歩いて行く方向の空には青空が広がっていた。はあ~?いくらいつもそうなると言っても、今日はちょっと出来過ぎじゃない?
人は「そんなの偶然よ!」と言う。そんな偶然しか起きないのが不思議だ。

天の声

静かな部屋の中で安定打坐、座禅、瞑想をしているとシーンという音が聞こえてくる。考えてみるとそれは天の声とは限らないかも知れない。静かな部屋で神経が研ぎ澄まされてくると蛍光灯の音が聞こえているのかも知れない。または隣の部屋の冷蔵庫か何かの電気製品の音かも知れない。その場合は、聞こえているのは地の声になります。


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