人生には予期せぬいろんなことが起こります。起こった現象だけを見て頭に来たり悲しんだり憎んだりしますが、ご先祖様からの因縁とか過去生からの因縁とか自分の今生で行った行為からの因縁が複雑に絡んで現象が起きてくることをほとんどの人は気づかない。
「法律的に問題が無いやり方で他社を潰して自社のシェアや利益を上げるのは当然のこと。企業がそういう戦略で動くのは正しいこと。」とアメリカ流思考が正しいと信念して人も羨む収入を得ていた人がいました。予期せぬ時期に予期せぬ結果になりました。来世に繋がる悪い因縁を作ってしまいました。
それとは別に私が気になってみているのはニンテンドーなんですよね。ゲーム機とゲームソフトでひたすら利益を上げていますが、法律的にも何も問題はないし、税金も払っているし、良いことずくめのようにも思えますが、ゲーム機という麻薬を売っているのと同じなので果たしてニンテンドーの子孫はどうなるのでしょう?金銭的には100年間毎日ザブザブお金をいくら使っても使い切れないほどお金を持っていますが。もちろんゲーム機は悪い面だけではありません。良い面もあります。良い面と悪い面両方のカルマを作り、両方の因縁を受けるだろうと思うのだが・・・。カルマは相殺されません。
国の方針と許可の元、北海道開拓を行ってアイヌから土地を奪いひたすら頑張って畑を耕し子孫が豊かになった。日本の法律的には何の問題も無いし、努力が報われたと思っている。アメリカ・インディアンから土地を奪い、インディアンをたくさん殺してきたアメリカ白人たち。アメリカの法律的には何の問題も無いし、努力で本人も子孫も豊かになった。でもやはり何らかの形で子孫がカルマのしっぺ返しをくらうと思うけれど・・・。子孫は、「私は何も悪いことしていない善良な市民として生きてきたのに、どうしてこんな目に遭うのだ!」となる。
自分に起きることは自分には理由は分からないけれどご先祖様の因縁を解消しているのだ、自分の過去生のカルマを解消しているのだ、だからすべて必要、必然、最善なんだと受け入れ許すことがカルマの解消には良い。相手が悪いと人を攻撃したらまた悪いカルマを子孫に残すことになるかも?
人は皆それぞれのカルマを持っています。持っているから生まれてきている。ご先祖様の、自分のかつての行いが正しいとか間違っているとか、そういう問題では無いのですね。すべて必然なんですが、自分を、そして人を受け入れることが、浄化することが試練であり使命でもあるんですね。私は私のカルマによって現在があり、今生は浄化の人生だと思っています。
かつて結核で家族が多く死んだケースがよくありますが、私の田舎では結核で誰それが死んだという話はほとんど聞かないのに、なぜだろう?と考えたことがあります。結核で多くの家族が亡くなった家の先祖は国ためとはいえ戦争でたくさん人を殺している家なんですね。国の理屈で言えば、国のためだから正義であり名誉であり当然であるけれど、魂のレベルでは別の論理が働くのですね。国の正義の論理、法律の論理は因縁の世界には通用しない。
必要以上のお金は、どこかで何らかの形で出ていくようになっているのかも知れない。3億円の金融資産を持っている人が1億円だまされて失った。怒り心頭ですよね。お金の無い人から見るとまだ2億円を持っているのだから充分幸せではないかと思って見てしまうのだが。いくら大金を持っていても失うのは不安と怒りになるようだ。
私は仕事をしていて、いつも損が出来る仕事がしたいと思っています。利益が出ていないと損が出来ないのだから。人様のために損が出来ると言うことは本当に有り難いことなんですが・・・・
「もっともっと」という地獄に陥っている人はいつも不安と心配の中に生きている。。