天風先生が昭和初期になぜ数年に渡って小豆島に行ったのか?もちろん呼ばれたからであろうが、小豆島の波動に何かを感じたのでは?と推理しますね。
小豆島では世間的には大物ではないけれど結構な人が悟っている。霊法会の始祖や本山博、ある神道の大御所など。日本在住のスリランカのある偉い僧侶は毎年正月は小豆島で休暇を過ごすと聞いた。かつてキリスト教の宣教師たちは小豆島をキリスト教の日本のメッカにしようとした。そこに何かを感じたのだろう?島遍路として小豆島に100回以上来ている人もままいる。春と秋の遍路の季節に50年は続けて来ているということですよね。日本海側に住んでいる人が春遍路として船から小豆島に降りた瞬間、天国を感じると聞いたことある。でも島に住んでいる人間はそんなこと考えもしない。「人の悪口は女の生きがい」と、「誰がどうしたこうした」とどうでもいいことを言いながら過ごしている。
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