忍者ブログ

カレンダー

03 2024/04 05
S M T W T F S
20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
村長さん
性別:
非公開

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

忍者アナライズ

[927]  [926]  [925]  [924]  [923]  [922]  [921]  [920]  [919]  [918]  [917

信念と頑固

信念と頑固の違いは何だろう?頑固な人の多くはそれが信念だと思っている。
当事者でない他人から見て、この人は頑固だというのと、この人は信念が強いという違いは何となく分かるような気がするけれど、当事者は分からない。
天風会と日教組の違いは何だろう?どちらも自分の教えが正しいと思っているし、どちらも人数を増やすにはどうすればいいだろう?と思案している。
日教組も組合員の組織率(人数)が減っているのは自分たちの思想に間違いがあるからだとは120%認識していない。
天風会も会員数が増えない(新しい人が入ったら、その人数分古い人がやめていくので会員数が変わらない)のは自分たちの思想や考え方、やり方に間違いがあるかも知れないという反省は無い。
日教組と天風会に共通しているものがある。それは、現在どちらの組織もカリスマがいないということです。またどちらも過去に人が言った言葉をオームのように繰り返しているだけ。そしてどちらも「謙虚」という言葉が教義の中に無い。(こんなことを書くから私は天風会の運営スタッフから疎まれる。それは嬉しいことです。)
もちろん天風教義によって悟れば(天風教義のみならずどの方法で悟っても同じことですが)、謙虚は自動的にその中に含まれてくるけれど、悟れる人はほとんどいない。

先々週、東京天風会では夏期修練会というのが300人ほどで行われた。初めての人が100人ほどいたという。別の見方をすれば複数回参加した人は200人しかいないと言うことになる。もちろん人数制限があって300人が定員だったからと人は言うかも知れないけれど。
修練会は素晴らしかったと参加した人みんなが言う。そうだろうと思う。でも翌週の日曜行修会は人数が増えていない。醸し出す気に熱気が無いのはどういうことだろう?それは私も全く分からない。何かが間違っているのかも知れない。
天風教義に、「謙虚」という言葉がどこにも入っていないということに天風会の講師の先生方も気づいていないのと同じように、足らない何かを自ら見つけるのは難しい。
19年前に私が初めて参加したとき、最終日の夕方、同じ班の人たち6人で池袋で食事をした。私も含めてみんな修練会は素晴らしかったと感激していた。「来年も修練会で会いましよう」と約束して別れた。で、次の年の夏、修練会に参加したのは私だけだった。どうしてだろうな~?と天風会の中にいる私には分からない。足らないものが見えないんですよね、中にいると。同じことを2度体験するより別なことをやりたいという人間の本能もあるかも知れないけれど、それにしてもあの感激はどういうことだったのだろう?と思う。
何回も修練会に参加するのは、統計的には少数派の中の少数派ですね。まあ、その自由さが天風会の良いところでもあるけれどね。人を誘うことも無ければ、辞めれば地獄に落ちるというような脅しも無いところが私は気に入っているのだけれど。すべては個人の自由意志によって選択できるというのが良い。
人の命を守るには強制的に、強引に引っ張っていかなければならないときがままあるけれど、魂の場合は、「自分で気づいて自分で決める」ことしか魂の進化は無い。
だから黙ってずーっと見守るしかないことは中学二年の時から気づいている。だから私は人にそうしている。
PR

Comment
お名前
タイトル
文字色
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
非公開コメント

忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne