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幸せ過ぎて

最近、幸せいっぱい、愛いっぱいの環境で育った人と電話で話しをする機会があります。私の一番身近な従姉妹も、そしてその娘も、幸せも愛もいっぱいで育ちました。
幸せに育ち過ぎて歳を取っても雲の上を生きているような感じですね。それはそれで良いのですが、なんか、ちょっと違うな~?という感じがしない訳ではないですね。
現実に囚われすぎてもいけないし、雲の上の話しに囚われすぎてもいけないし、バランスが難しいね。幸せに育ち過ぎて、現実に少し不適応という面も無きにしもあらずですね。社会は厳しい面もありますから。マイナス思考、マイナス波動よりは遙かに遙かに良いけど。
人の幸せって難しいね。幸せとは、自分にとっての本物に出会うことなんだけど。そして自分を全託できる存在を持っていることですね。今の時代、それはほとんどの人は難しいね。
「朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり」という言葉があります。
今までに何度か書きました。ハッピー過ぎるとなかなかこれが分からないという面はあるかも知れない。でも、これは男の言葉だと思うな。女性にはどうでしょう?
ちなみに前に書きましたが、「道を聞くとは、神(宇宙霊)から天啓として真理を聞く」ということで、すなわち悟ればという意味であって、誰か人から生き方を聞くということではありません。学者はそんな解釈は分かりませんが。
いっぱい愛されて育った子は、「あなたの好きなように、自由に生きなさい」と言われても道を外れることは無いと思いますね。どこに住んでも形は違っても自分を愛してくれた人のように生きるんですね。子供の時に、生き方の鋳型が出来ているんです。
で、そうでない人は、真理を学んで自分で人生の鋳型を作るのが使命ですね、
ほんと、私はどこかの坊主みたいなことを書いているな。いつ頃からそうなったのだろう?口先坊主?




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