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母親

人から電話で責められたり、面と向かって責められることがあります。手紙を貰ったことも二度あります。何が書かれているかと思いきや、私への怒りでした。いろいろしていると神経過敏な人には私の口が災いを呼ぶこともある。
「あ~、なるほどね、この人の母親もこういう言い方で亭主を責めたり、この人も責められていたんだな。自分が母親と同じになっていることを知らないんだな。」と考えながら聞くことがあります。母親の言葉の癖は子供に移りますね。「これでは亭主も子供(今、私を責めている本人)もたまらんな」と。
弟子を見れば、その師匠の出来が分かるという話しがあります。子供を見れば親が分かるという話しもあります。見る人が見ればすべて見える。子供の言葉の裏に母親の言葉が見える。すなわち自分の言動は親の言動でもあるわけですね。怖いですね。心して行動しないと親や師を辱めることになる。
私が恥をかくことは親が恥をかくことなんですね。人は私を通して(透して)私の親を見ている訳ですね。親や家に誇りを持つなら、それに見合う言動をしないといけないということですね。バレたら困る行為はその逆になるわけですね。
潔癖すぎる母親に対する復讐として、逆の行動をする子供もいます。
立派過ぎる母親に育てられると、これまたなぜかおかしくなるケースもある。
先日、ある人から話しかけられました。その人の顔をすぐ近くに見て、「えっ、この人、こんな顔をしていたっけ?遠目には分からんもんだな。」と思いました。
邪気というか波動の高くない顔をしていました。その人の手のポーズを見ながら、「あ~、この人、分かっていなんだな~?」とも観察しました。
クンバハカにしても何にしても身に付けるのは、何十年かかっても難しいね。
分かったつもりになって、あれこれ知識と理屈を言っている人が一番幸せだな。
「それは、おまえだろう!」と言われそうですね。確かにそうでした。今考えると私も、「自分は正しい」と信念?して、かなり恥ずかしい言動をしてきました。
信念と盲信、どう違うのだろう?でも不安や自信の無さ、虚弱神経より盲信のほうが遙かに良いと思うな。


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