”分かる”ということは覚えているだけでは分かったことにならない。自分で証明して始めて分かったことになる。それは数学や物理学のみならず天風教義でも同じですね。
相対性理論で多くの人が知っているE=MxC二乗というのがあります。知っているのと分かるのとは違います。私はこれを大学卒業以来も考え続けていますがまださっぱり分かりません。光の速度を二乗するということは何なのか?それに質量を掛けるというのはどういうことなのか?何でそれがエネルギーと等価なのか?少なくともいくら本を読んでもそんな答えはどこにもありません。(個人の言葉にならないイマジネーションの中にしか答えは無いのでしょう。それは悟りと同等のものだと思いますね。)しかしそれが分からないと分かったことにならない。それにこんな方程式は人間が理屈で考えつくものではありません。神からの啓示によって得られたものですね。
天風教義の誦句集も暗記するのは読書百遍で素晴らしいことだけれど、自分で因数分解できないと本当に分かったことにならないですね。
それにしても私が何かを見て、ゾクゾクと身体が震えたことが二度だけあります。
一度目は中学二年の5月、6月でしたかね。魂の気付きだったかも?
二度目は、特殊相対性理論の方程式を大学の黒板に教授が書いたのを見て、その方程式の美しさにブルブルというかゾクゾクというか震えました。恐怖で震えるのと違います。魂が揺さぶられる感じが肉体に伝わってくる感じですかね。
それに限りなく近いのが2001年のモンゴル・ツアーでしたね。感動でした。
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